Home  SSTOP .
 「恋心 (KOI-GOKORO)」 (3/6)
 柔らかな日差しの大学のカフェテリアには、三々五々、学生がたむろっていた。 そんな中、大きなガラス張りの窓際の席にあいつがいた。何かを書いているらしく、小刻みにペンが動いている。子供、子供した部分を多く残しているその横顔。

 綾原由衣。俺と同じ応用化学の二年生。

 俺は入学したばかりの、まだ誰がどこの奴なのか見当も付かなかったような頃、あいつは紛れ込んできた誰かの妹か何かなのだと思っていた。しかし、講義の席に堂々と着いているのでおかしいなと思ったら、俺と同期生だった。それを知った時、世の中とは何と不思議なものなのかと感じずにはいられなかった。

 そんなことがあったせいか、気が付くと目が追っていた。まるで少女漫画だと自嘲してみても、ついつい目が探していた。あの小さいお嬢さんの姿を。くるくるとよく動く茶色の瞳を……

 同じ学科ということもあり、吊るんで遊び回るようになって色々なことを知った。  俺と同じ神戸っ子であるということ、仲のいい弟がいるということ、自宅通学が可能でありながら寮に入っていること、ルームメイトは美人であるということ等々……

 あいつはそんなことを仲間と一緒になって楽しそうに話していた。時々、その笑顔の行方にやきもきしながらも、それでも仲間達と一緒になって笑っているというのが俺の今の状況だった。

 あいつが一人きりということは珍しい。俺は立ち上がった。 が、この腰は呆気なく元の位置へと沈められてしまった。あいつが不意に顔を上げ、ぱあぁっ、とばかりの満面の笑顔の花を咲かせていた。

 心臓が鳴った。

 しかし、哀しいかな、その笑顔は俺に向けられたものではない。緩いソバージュの髪を揺らして歩み寄って来る女友達に向けられたものだった。

 彼女、タイミング悪すぎ…… 綾原もそんなに嬉しそうに笑うなよ。

 俺は何とも言い難い気分で頬杖を付き、話し込み始めた二人を眺めた。綾原が 何か相談事でも持ち掛けているらしい。それは困惑しきった難しい横顔をしている綾原と、涼しげに笑いながら対応している彼女の顔とを見れば一目瞭然だった。

 俺は見るともなし、聞くともなしに話し続けている二人の姿を眺め続けていた。  話が進むにつれ、綾原がどんどんと首をすくめるようにして俯き始めていた。対する彼女は、ぽんぽんと楽しげな笑みの花を咲き綻ばせていた。

 ねえ、彼女さん。このままだと、そのお嬢さんは左横にそっぽを向いて駄々っ子に変身…… ほら、言わんこっちゃない! この後が大変だよ……

 俺は左横を向く綾原の後頭を眺めながら、彼女の苦労を思って溜息を吐いた。  が、しかし、彼女はその腕を伸ばし、綾原の髪をひとしきり掻き回すと、強引にその頭を半回転させた。そして、からかうような薄い笑みを浮かべながら、綾原のことを下から覗き込むようにして話を続けている。綾原も再びそっぽを向くこともなく、口をへの字にしたまま大人しく彼女の言葉を聞いていた。

 いやはや、驚くこともあったもんだ。あの綾原をあんなにも大人しく従わせることが出来る奴がいただなんて!

 「……だって、しようがないじゃない? 好きなんだもの……」

 今までぶすり、と黙り込んでいた綾原の一声だけが矢のように飛び込んで来た。今の今までどんなに聞き耳を立てても、会話は聞こえることはなかったというのに。

 俺は急にどうにも情けないような、気恥ずかしいような気分になって席を立った。 それは綾原達に気付かれないようにと背を屈め、足音を忍ばせての実にこそこそとしたものだった。その甲斐あってかどうか、二人は俺に気付く様子は全くなかった。俺は心の底から安心した反面、それが妙に口惜しくもあり、惨めでもあった……



←戦いの火蓋 カラカラ→




Copyright(C) 白石妙奈 all right reserved since 2002.7.10
QLOOKアクセス解析
inserted by FC2 system