「りとりとこりと」(5月1枚目)
Home  りとりとこりとTop .



 「美桜ちゃん。うちら、五時間目の体育は柔道だからそろそろ行くねー」
「え……? ええ…… 気を付けてね」
「まったねー」
「ばいばーい」

 姦しい華やかな小雀達は、お弁当箱の入った巾着袋を振り回しつつ食堂から飛び去って行った。美桜はにこにことそんな小雀達の姿を見送った。

 「ここ、空いてますか?」
「あら、篠原先生。どうぞ」

 視線を上げた美桜ははんなりとした微笑みを浮かべる。そこには定食の
トレイを片手にした篠原が立っていた。

 「先日の体育祭はお疲れ様でした」
「あ、いえ…… 私は役には当たっていませんでしたので、子供達と一緒に
観ていただけですから……」
「いえいえ、生徒を差し置いて一大ヒロインでしたでしょうに」
「いや…… あの、それはー」

 口篭る美桜を前に篠原は手を合わせ、定食に箸を付け始めた。美桜は去る
きっかけを掴み損ね、所在無げにその箸の動きをぼんやりと眺める。

 「……あのお題、私と同じでしたよね?」

 唐突に零れた言葉にも係わらず、合点したように美桜は微笑んだ。

 「面白い偶然ですね。あれを考え付いたのは一体、誰なんでしょうね?
私、その方にお礼を言わなくては」
「は?」

 篠原の箸が止まり、ご飯粒が行儀悪く落ちる。それに構う事なく、美桜は
ほやほやと笑っている。

 「だって、お陰で私は十年来の片想いが実ったんですもの」
「は…… はぁ? 十年来の片想い? それは初耳ですな」

 篠原は味噌汁を無駄にぐるぐる掻き混ぜつつ、先を促すようにやんわりと
微笑む。

 「篠原先生は堅い方ですから白状しますけど。私は神先輩の視界に入りたい一心でこの学校の先生を目指したという、お馬鹿ちゃんなんですのよ」
「先輩……? 神先生が?」
「私はここの卒業生で、神先輩は二個上。文化祭で手伝っていただいた時からずっと…… どこの少女漫画ですかってね。ね、お馬鹿でしょう?」

 美桜はくすくす笑いながら赤い弁当箱を畳む。その上蓋に浮かぶ桜模様に
篠原は目を細める。

 「枚田先生は、神先生がここの教諭になる事をご存知だった? それって
当時はトップシークレットの筈だったのでは?」
「えっ? あっ…… あのー、それは〜」
「用務員の宅原夫妻ですね?」
「えっ? ええっと…… こ、こ、この事は内緒ですよ?」

 最初から何もかも綿密に仕組まれていたのかと脳裏に浮かんだ老人を篠原は苦笑で噛み殺す。と同時に、とある美童に賛同と共に語り掛ける。確かにこの女性は強かだよな、と。

 「篠原先生?」
「いえ…… だとしたら、神先生は苦労せずにこんなに美しく立派な鯛を手に入れた訳ですから。羨ましい限りですよ」
「そんな、私なんてとんでもないっ! あの人はあんな風でも昔から陰で
色々と苦労しているんですから」

 食って掛かる美桜に対し、篠原は緩い嫌味を口の端に乗せて微笑む。

「ほほう…… そんな深い所まで知っているとはね。意外と情報収集に長けていらっしゃるようで…… これも恋の成せる業って奴ですか?」
「篠原先生っ!」
「おおっと、これは失礼」

 膨れた頬に軽い満足を覚えつつ、篠原は淡紅色の巾着を箸で示す。

 「それ、お揃いですよね? 昨日の今日で早速、愛妻弁当ですか?」
「えっ? な、な、な、なんで、それを……」
「さっき、色違いの弁当箱を開けている奴を職員室で見ました」
「……し、篠原先生はなかなか目敏いんですね?」

 その態度はバレバレですよ、お気を付けなさいと篠原は小さく笑う。

 「あれだけほへほへとだらしなくやに下がっていれば、何事かと覗き込みもしますよ。実に面白い顔でした」
「……はぁ」
「では、これ以上は私も妬けますんで、この辺で退散しますよ」

 篠原はご馳走様でしたと丁寧に両手を合わせて去って行った。後には唖然とする美桜けが残されていた。




 「だから、郷田が先に言ったろ? あの子はあんたのもんじゃないって」

 食器返却場で掛かってきた声に篠原はゆっくりと顔を上げた。そこには、
カウンター越しの食堂主任の相田のにっぱり笑顔。

 「ええ、お陰様でいい面の皮でしたよ」
「そこで潔く認めて笑えるあんたもなかなかのもんさね。あんたにも似合いの人がじきに見付かるよ」
「今度は馬に蹴られないよう、慎重に周りを観察してからにしますよ」
「いい人生経験になったろ?」
「全くです」

 篠原の自嘲交じりの笑顔の向こうでは、午後の授業開始を告げる予鈴が
軽やかに流れていた。




「5月2枚目に続く」





Home  りとりとこりとTop .


Copyright(C) 白石妙奈 all right reserved since 2002.7.10
QLOOKアクセス解析

Home  りとりとこりとTop .

 「プリント 5月1枚目」

Copyright(C) 白石妙奈 all right reserved since 2002.7.10
QLOOKアクセス解析
inserted by FC2 system