「りとりとこりと」(4月12枚目)
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 「……で? 結婚を前提にお付き合いして下さい、って? あのコースを
走りながら言ってたって訳なのか?」
「ああ…… うん」
「よくぞま、そんな阿呆で大胆な事を…… 呆れ果てて見下げちゃうやら、
見上げちゃうやらって奴だよねー」
「枚田先生がゴールで妙にへたれていたのは、そういう訳だったのかよ?
何やってんだよ、ともたん」
「ああ…… まあ、自分でも勢いって怖いな、とは思うがな」
「なーにを他人事みたいに…… 馬鹿?」
「馬鹿ちん、ともち~ん」
「うるせっ! ガキ共にそこまで言われとぅないわっ!」

 道着姿の子供達が畳にひっくり返って笑い出すと、伴迪は胡坐で乱れた袴の皺を払い整えながら短く舌を打つ。

 「あんな衆人観衆の前でプロポーズするかよ、普通」
「理人。プロポーズとは違うから。ただの告白だから」
「結婚を前提って、結婚するつもりなんだろ? どう違うよ?」
「さあ…… そういうのは、そこの幸せ一杯ちゃんに訊けば?」
「ともたーん。おーしーえーてー 教えて、神先生~」

 理人はゴロゴロと転がって伴迪の膝に顎を乗せる。その子犬のように輝く
瞳から視線を外しつつ、伴迪は律儀にも考え考え答え始める。

 「うーん…… なんだろ? 生半可な気持ちじゃなく、真剣に将来を考えてますって事かな? それなりの覚悟を持ってますって宣言?」
「宣言って…… ともたん、その言葉選びはおかしい。減点、やり直し」

 伴迪の返答に怜司の容赦ない添削が入る。

 「ふーん。なんかそんな風にガチガチに構えてて面白い?」
「面白いかどうかは…… どうだろ?」
「俺が質問してんのに、俺に訊いてどーすんだよっ! しっかりしろよ~」

 理人がバシバシと顎下の膝を叩くと、伴迪はふにゃあと頼りない笑みを
浮かべる。それを目の当たりにした子供達は揃って深い溜息を落す。

 「よくぞまぁ、枚田先生がOKしたよ…… 俺、分かんねぇ」
「枚田先生も実はちゃっかりしてるから。いいんじゃない?」
「あ、そうなの?」
「まあね…… ともたんは尻に敷かれる位が丁度いいんだよ」

 怜司の容赦ない斬り捨てに思い当たる節でもあるのか、伴迪は否定も肯定もしない。

 「でさ、もし駄目になった時は? 同じ学校ってのはきついだろ?」
「まあ、この二人にはその心配はない気がするけど?」
「?」

 首を傾げる理人に対し、怜司ががっくりと頭を垂れる。

 「この二人の後ろを、どんだけの人達ががっつり固めてたと思ってんの? 気付かない君も大概だけど」
「おお、怜司。かっちょええ~ どっかの立派な大人みたい~」
「まあ、少なくとも君達よりかはずっと大人だとは思うけど」
「ほざけっ! 自信過剰大魔神めっ! どうせ俺は阿呆だよっ!」
「自分で認めるなよ。こっちが指摘してやる楽しみが減る」

 理人の膨れっ面を横に押し遣り、怜司は伴迪に問い掛ける。

 「で? 今日は? この後、何かあるの?」
「……あ? ああ。午後からちょっと出掛けてくる」
「昨日の今日で、速攻おデートですか? GWはずっと?」
「おお! ともたん、やるぅ~ おデートGW。我が世の春?」
「悪いかよ?」

 にじり寄って来た子犬達を伴迪はぶっきら棒に押し返す。しかし、その
眉間の皺のラインは柔らかい。

 「別に。ちょっと訊いてみただけ。若い人はいいよね。僕達はGW明けには試験前でテンパってくるってぇのにさ。憎たらしいね~」
「怜司、お前にそんな風に言われたら…… なんかムカつく」

 伴迪は器用に足を振り上げて怜司の肩を蹴り飛ばす。怜司はニヤニヤと
笑ってそれを大人しく受け止めている。

 「で、ともたん、どこ行くんだ?」
「特に考えてない。その辺をぶらぶらと…… ああ、そういえば何か買物に
付き合って欲しいって言ってたかな」
「男の方がノープランかよ? 恥ずかしいね。どこの倦怠期カップルだよ?
今から甲斐性なし全開? 枚田先生、かっわいそー! 幻滅だろうねぇ~」
「一々、一々、うるさいわっ! 小姑っ!」
「残念でした。僕は女じゃないしー やっぱ、ともたんは国語やり直せば? 枚田先生に手取り足取り教えてもらえばぁ?」

 伴迪が睨んでも怜司の顔ははどこ吹く風とばかりに涼しい。その横で頬杖をついて寝転がる理人が笑いながら溢す。

 「来年の今頃は結婚してたりして?」
「ははは…… それは…… どうかな~ こればっかは俺にも 分からん」
「いいんじゃないの? 根本的な素の部分は割と分かってる訳なんだし?
後は隠れた部分を擦り合わすだけだろ。ともたんももう二十六なんだしさ、
早いとこ落ち着けば? 枚田先生も三十前に出産を終えれば、教員を続け
やすくなるし。上手くやれば、苑良兄の子と一緒に面倒を見てもらえる」
「おお~ 明るいにこにこ家族計画~」

 理人のパチパチと軽くもお間抜けな拍手の中、怜司が指を折り数える。

 「ええっと…… 今から頑張れば、ギリギリ同じ学年かな?」
「おおーっ! それはいいっ! 頑張れ、ともたんっ!」
「お前ら…… ガキ風情がなんつー事をっ! 阿呆かっ!」
「いやいや、今時の小学生はこれ位の基礎知識は授業でやるし」

 再び転がって笑う子供達に伴迪はがっくりと肩を落とす。

 「なんかお前の方が慣れてるって感じ…… お前、まさか?」
「あ、そーいうのは師範からきっつく言われてるから。高校卒業するまでは
全面禁止。職に就くまでは絶対に結婚は許可しないって。それを破ったら縁を切るって」
「大城戸の一族は豪胆なのか、のうたりんなのか分からん……」

 うつ伏せのままで頭上でひらひらと手を振る怜司の余裕に勝てなかった
伴迪は理人へと八つ当たりの矛先を向けた。

 「そこの、のうたりんと。お前には浮いた話はないのかよ?」
「あ? 俺? ないよ? 何で?」
「即答かよ…… つまんねーな」
「んだよ! 何、その上から目線っ! この色ぼけぼけっ! ムカつくー」
「そこの悪ガキ三人組。道場閉めるから出ろーっ!」
「はーい」

 理人の叫びを計ったように掛かってきた声に三人は振り向いた。そこには、道場師範が手招いていた。理人はそれに引かれながら嬉々とした声を張る。

 「父さん、聞いてー ともたん、この後おデートなんだよ!」
「ほう? やるなぁ、伴迪! やっと春が来たか?」
「うわっ! 馬鹿理人っ! 言うなーっ!」
「更衣室にいるおっちゃん達にも言い触らしてやるっ! ばーか、ばーか」
「阿呆ーっ! 待てっ! やめろっ!」
「やーだよ~ん」
「この馬鹿理人っ!」

 騒がしい風が去った武道場の畳上には、昼前の柔らかな春の日差しが欠伸をしながら微睡んでいた。




「5月1枚目に続く」




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