「りとりとこりと」(4月9枚目)
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 「おう、馬鹿理人! 陰険怜司! 今帰りか?」
「あれ? ともたん? そんな所で何してんの?」
「掃除前の腹ごしらえだ。明日は保護者が沢山来られるってぇのによ、
きっちゃない所を晒す訳にはいかんだろうが。お前の部屋とは違うんだよ」
「言うに事欠いて、なんつー例えで言いやがるっ!」
「あ、それ。言い得て妙って奴だから」
「怜司までっ!」

 校内の東屋に座するは用務員夫婦とおばちゃん二人。そして、下っ端ぺーぺ教師の伴迪と美桜。

 「おう、理人と怜司も今日は稽古はないだろ。ちとわしらを手伝ってけ」
「宅原のおっちゃん、横暴ー! ちゃんと自分の仕事しろよ~」
「これ位の手伝いはバチは当たらん。大河の奴も人様の役に立つ人物になれとお前達に常日頃から言っておった筈だが…… 違ったか?」
「だって、俺達、弁当持って来てないし。食堂は休みだしー 腹減ったしー おうち、帰るぅ~」
「あら? だったら、これでどうかしら?」

 身を捩って嫌々をする理人の前へと美桜が重箱を差し出した。そこには
ぎっしりと詰め込まれた色とりどりのおかず達。

 「え? それって枚田先生の手作り? なんで、なんで?」
「相田のおば様達に料理を教えていただいてるの。今日は食堂もお休みなので味見をしていただいている訳」
「わ、花嫁修業? 美桜ちゃん、やるぅ~」

 理人と遙香が揃って目をキラキラとさせて重箱の上へと身を乗り出す。
そんな二人の鼻先で重箱を焦らすように揺らし、美桜はにっこりと微笑む。

 「お掃除のお手伝いしてくれるのならば、どうぞでーす」
「わーい! 俺、やるーっ!」
「理人、現金すぎだろっ! エサに釣られる犬かよっ!」
「でみょ、これ、おいひぃよ?」
「こんなチャンスなかなかないし、私もお手伝いしよっかな?」

 既に卵焼きを頬張って振り返る理人と、重箱上で指を彷徨わせ始めた遙香にげんなりとする怜司に頬杖を突きながら伴迪がニヤニヤと問う。

 「おう、怜司はどうするよ?」
「この流れで、僕一人帰るなんて真似出来ないだろ……」
「だよなぁ~ 阿呆な弟を持つと苦労するよな、お兄ちゃん」
「弟じゃなくて子分にして。でないと、僕が可哀想すぎる……」
「じゃ、決まりね。どうぞ召し上がって下さいな。味の保証はありません」
「美桜ちゃん。そういうのは最初に言うか、言わないかのどっちかだから」

 既に理人と並んでおにぎりを手にした遙香が突っ込んだ。

 「そうとなれば、れいちゃんも突っ立てないで座りなよ。あんた、唐揚げが好きだったろ? ほら、嬢ちゃんもおあがり。りっくんは落ち着いて座る! おかずは足が生えて逃げるもんじゃないんだよ」
「はーい。遠慮なくいただきまーす。このウサギリンゴ、可愛いですねー」
「郷田のおばちゃん。これ、おいし~! うんまーい! 先生、すごーい」
「だろう? たんといただきな。ほら、れいちゃんも! 早くお座り」
「……いただきます」

 怜司はきゃいきゃい騒ぐ二人の横に力無く腰を落としていた。

 「な? な? 枚田先生がこれ全部作ったのか?」
「ええ。でもね、少し作りすぎて困ってたの。大城戸君達が来てくれて本当に良かったわぁ」
「朝一からこれだけの量を? 美桜ちゃん、すっごーい~」
「まだ人数分の量の配分がピンと来なくてね」
「それでもすごいですよ。美桜ちゃんさすが~」
「先生、美味しい~」

 担任教師の腕前に歓声が上がると、熟女達が我が事のように胸を張る。

 「美桜ちゃんはいつでも嫁に出せる。あたし達が保証する」
「へえ…… 食堂のボス、相田のおばちゃんに合格点が貰えるなんてすごい」
「枚田先生、すっげー! 相田のおばちゃんは味にはとことん容赦ないって
母さんはいつも半べそかいてるのにー」
「僕のお母さんもぼやいてるよ」

 理人のご飯粒を飛ばしての絶賛に遙香が首を傾げる。

 「なんで、あんたのお母さんがここに出て来くんのよ?」
「ん? ああ。おばちゃん達、うちの道場に来てんだ。みんな揃って段持ち。で、死んだ俺のじいちゃん、ばあちゃんの友達」
「すっごぉーい! そんなすごい技を持ってる事を感じさせないだなんて、
能ある鷹は爪を隠すって奴ですねー」

 遥香の手の打ち合わせに三人の熟女達はすぐったそうに顔を見合わせる。
続いて、遙香はずずいっと前へと身を乗り出していた。

 「ということはっ! 美桜ちゃん、結婚の予定でもある訳っ?」
「そっ…… そんなの、ないわよっ!」

 手のひらと顔をぶんぶんと横に振り、美桜は遙香の追求を否定する。

 「美桜ちゃんならば、男なんて選り取りみどりなんじゃないですか?」
「そんな事、ない、ないっ! 絶賛貰い手さん募集中ですっ!」
「嘘~ 実はしっかりと隠してるんじゃないんですかぁ? 隠しててもすぐにバレるんですよ~ 今の内に白状しておいた方が身の為ですよぉ~」
「だから、ないですってば」
「……で、本当の所は? ん? ん?」
「樋口さん、なんか私よりもずっと大人な気がするわぁ……」
「美桜ちゃんのレベルが低いだけです。今時の女の子はこんなの当り前」
「そ、そうなの? 今の若い子って……」
「そういう台詞は、あと三十年位経ってから言って下さいね」
「……はい。すみません」

 遙香に簡単に言い包められ、美桜は緩い苦笑で肩を竦める。そんな空気を
横に押しやりながら宅原夫人がいそいそと理人に訊ねた。

 「そういや、りっくん。苑良はいつ帰って来るのかしら?」
「来週の土曜。もう一週早ければ、運動会が見れたのにな。間が悪いよな」
「そうかい、もうそんな時期におなりかい。ねぇ、あなた」
「あのやんちゃくれも結婚してからは落ち着いたし、ええ嫁をもろたわい」
「だよねー ありすちんのお陰だねー」

 おにぎりを口一杯に頬張りながら答える行儀の悪い口許を遙香がくいくいと引っ張り上げる。

 「何? 何の話? 教えてよ」
「俺の兄ちゃん、来週に研修先から帰国するんだ」
「ええっと、年の離れたお兄さんがいるって言ってた、あれ?」
「そう。で、お嫁さんのありすちんが臨月に入るんで帰国するんだ」
「ええっと…… ということは……?」
「俺、もうすぐ叔父さんっ!」

 蕩けんばかりの笑顔を受け、遙香が大袈裟なバンザイで仰け反る。

 「こんな豆粒が叔父さんーっ! 何、この世の不条理っ!」
「とことん人の事を馬鹿にするのな、お前わっ!」
「うわ! 口の中のもん、飛ばさないでよっ! きったなっ!」

 遙香の喚きを余所に、理人は幸せいっぱいの阿呆面を下げて続けている。

 「俺、男がいいなぁ~ だって、一緒に遊べるもん」
「理人がかつての苑良兄やともたんの立ち位置になるって、分かってる?」
「お前もなー 従兄弟叔父とかいうけったいな名前だけどな」
「そこまで離れたらただの遠い親戚だよ。僕は一人っ子だから、そういうの
関係ないしー」
「つまんねー奴っ! お前とちびっこは遊ばせてやんなーい!」
「そんなの、理人が決める事じゃないよ」

 いーっと歯を剥き出す理人と、つーんとそっぽを向く怜司の間で遙香が
きょときょとと首を傾げていた。

 「さて、そらぼんにはどんな祝いがいいだろうねえ?」
「この前、トトロの帽子とよだれ掛けのセットを見たわよ。あれは男の子でも女の子でもいけるんじゃないのかしら」
「ああ、それ。私も見た事があるよ。女の子だったらさ、キキの赤いリボンを付けて欲しいもんだねぇ。あれは可愛いよねぇ~」
「ちょっと、りっくん。あんた、どっちか知らないのかい?」
「ありすちん、後からのお楽しみって教えてくんないんだもん」

 理人が不満気に口を尖らせると熟女達は一斉に吹き出した。

 「はっ! あの女傑もなかなかやるもんだ」
「あのやんちゃくれを尻に敷けるんだから、これ位は当然さね」
「父さんと母さんはね、ありすちんを女王様って呼んでるよ」
「専制女帝の後継者ですものねぇ」
「となると、恵梨ちゃんは王女様かね?」
「あれは暴君王女。我侭言いたい放題、やりたい放題だ」

 理人のあまりもな物言いに今度の熟女達は苦笑を浮かべる。

 「いつまで経っても、かかあ天下な大城戸家だ。亡くなった由梨ちゃんも
大したものだったしねぇ…… 女傑が嫁に来ないと駄目な家系なんだよね。
生まれてくる子が男の子だったら嫁探しも大変だね」
「まだ生まれてないのに、お嫁さんの心配かよ…… 他家んちより自分ちの
兄ちゃんや姉ちゃん達の心配しろよな」

 理人の精一杯の突っ込みに熟女達はちっ、ちっと指を振りつつ切り返す。

 「孫の嫁婿なんて他人と同じさ。遠くの親戚より近くのって言うだろう?
大城戸家は突っ込み所が満載で飽きないし。それに、あんた達の爺さんにも
今際の際で後を頼まれてるからさ、ちゃんと面倒みて貸しを作っておかないと向こうに行った時に大きな顔が出来やしないじゃないか」
「……孫どころか、ひ孫にまでちょっかい出す気満々かよ?」
「じゃ、あんたの子にもちょっかい出してから逝こうかね」
「おばちゃん達は出すと言ったら本当に出すから怖いな…… 次男坊の俺より怜司や恵梨の方が早いからそっちで我慢して。うん、そうしよ?」
「何で僕達にそんな恐ろしい話を振るかなっ! 馬鹿理人っ!」
「こんな俺だって、怖いものは怖ぇんだよっ!」
「自分で蒔いた種位、自分で刈れっつーの! 僕達に振るなっ!」

 従兄弟同士の奇妙な擦り合いは重箱上をころころと転がっていく。
その行方を見送る熟女達の笑い声が緩やかに昼下がりの庭に零れていた。

 「とも~ わし、つまらん……」
「言いたい事は分かってますから、黙ってて下さいね。早くこれらを片して、掃除を始めましょう。ぐずぐずしていたら夕方になってしまいますよ」

 完全に蚊帳の外に捨て置かれた形の男性陣が苦笑を噛み殺していた。老爺が溢したぼやきを伴迪は重箱にぽつんと残ったタコさんウィンナーと一緒に箸で摘み上げる。その素っ気無さに宅原はつまらなさそうに鼻を鳴らしていた。




「4月10枚目に続く」




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