「りとりとこりと」(4月8枚目) |
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「何、これ~! ひっどー! 柔道部の黒帯を力づくで引き抜いて来い? こっちは野球部のバットでぐるぐるバット十回? うわ、きっつー! 手芸部の裁縫箱? 玉手箱ですか~ で、こっちは華道部の剣山を頭に乗せて走って来い? あっぶな~ しかし、阿呆なお題ばっかりですね」 借り物競争のお題の紙片を畳みつつ、遙香が声を上げて笑う。 「ああ、それは部活紹介用のくじだね」 「しかし、無茶苦茶な設問ですねぇ?」 「毎年の事だから、色々と先輩達もウケを狙って考えるんだよ」 「いいノリですねぇ~」 怜司の説明に頷く遙香の横から、理人の笑いが跳び弾ける。 「自分のクラスで一番美少女だと思う男子? 何だ、これ?」 「これを私が引いたら、あんたを連れて行くわね。美、というのがちょーっと難点だけどね。まあ、可愛い系という事で?」 「馬鹿にすんなっ! 樋口っ!」 「はは。それ、いいかも」 「怜司までっ! 俺がこれを引いたら、お前を連れて行くっ!」 「僕は君のクラスじゃないしー」 怜司の切り返しに黙る理人を押し退け、遙香がにっぱり笑顔を浮かべる。 「イケメンだったら、美籐先輩は条件ぴったりですよねぇ?」 「はは」 「そこっ! 謙遜とか否定も無しかよっ! おいっ!」 「だって、当然なんだもん。下手に否定とかする方が嫌味よ」 「……ああ、さいですか。お前ら、すっげー感じ悪ぃよなっ!」 「あんた、やっぱ馬鹿よねー」 膨れる理人を尻目に、遙香は再び紙片をがさごそと漁り始めた。 「これって、取り様によっては公開告白みたいで嫌かもー」 遙香の素っ頓狂な声に、理人がその手許を覗き込む。 「何? 自分の好きな人? 別に男や女同士の友達でもいいんだろう? 反対に嫌いな奴を連れて来いと指定される方が俺は気まずいと思うな」 「あ、それもそうか」 「お前の頭ん中、そういう方面にしか回らないのかよ?」 理人がげんなりと呆れ返ると、遙香は笑顔で返す。 「私は恋に恋する、可愛い、可憐な乙女なんですぅー」 「うへぇ、そういうの自分で言う? じんましん出そう~」 「うっさいわね、この豆チビがっ!」 「んだとっ!」 「やんの?」 「はい、はい。おふざけはいいから。二人共、早く終わらせな」 「ほーい」 怜司が飾りを終えた抽選箱を突き出し、作業は再開された。 「ほい、これで終わり~ おっしまーい!」 「僕はこれを準備室に置いてくるよ。今日はこれで終わりね」 「いってらっさーい!」 「お早いお帰りをですぅ~」 怜司は指示された教室の隅に抽選箱を置いた。それを見計らったような 絶妙な呼び掛けに怜司は驚いて振り返る。数学講師の篠原が背後を塞ぐ形で 立っていた。 「ああ、篠原先生。どうかしましたか?」 「美籐。ちょっと、いいか?」 「……? なんでしょう?」 普通に話すには近すぎる距離と徒ならぬ雰囲気に、怜司は目尻の引き攣りと連動したぎこちない笑顔を浮かべる。 「お前、借り物競争のくじを選手に渡す係だったよな?」 「はい。あれ、何か変更でもありましたか?」 「これを…… 私に直接渡してくれないか?」 「え? それは…… あくまでもくじ引きなので、それは……」 「いいから、黙って渡せっ! ……いいな?」 紙片を前に躊躇いを見せる怜司に、低い一声が落ちた。 「……はい」 「頼んだぞ」 俯く怜司を一顧だにせず、篠原は早足で教室から出て行った。 手のひらに押し込められた紙片を見詰める怜司の瞳には、年に似合わぬ仄暗い色が揺らめいていた。 「怜司! おっそーい! 箱を置いて来るだけだろ? 何やってたんだ」 「まあね、僕にも色々あってねぇ~」 「な、な。俺達はこれで帰ってもいいんだよな?」 「いいよ。明日の朝は各人の指定の場所に集合だってさ」 「うぃー」 「はぁい」 ぴょんぴょんと飛び跳ねつつ鞄を背負い上げていた理人が不意に怜司を 下から覗き込んだ。 「なあ、怜司。どうかした? 何か…… 機嫌悪い?」 「いや、別に……」 「そうか? その眉間……」 能天気そのものの従兄弟の顔面に怜司は拳骨をぐりぐりと押し当てる。 「君なんかが心配するようなこっちゃないっ! 君は君の、明日の自分の 身の覚悟でも固めときな」 「誰だ、あんなしょーもないアイディアを出した奴わっ!」 怜司の一言に、理人はその場に頭を抱えて蹲る。その小さく丸くなった 背中に遙香の晴れやかな笑い声と腰が乗る。 「はーい、実は私でーす! 美籐先輩と一緒に人選推奨もしました~ 先輩達は大ウケの大賛成でした~ 良かったわねぇ、大城戸君? 念願の 大活躍間違いなしよぉ~ん! 私、精一杯応援してあげるわぁ~」 「――っ! 樋口、てめぇかっ! 余計な真似すんなっ!」 「まぁ、あんたのためにやってあげたのにっ! 何、その態度」 「うっさいっ! 何、その上から目線! どけっ! 人の上に乗んな!」 遙香を跳ね飛ばしてがうがうと吠える理人を制し、怜司が指を向ける。 「君は競技に出たいと言ったよね? だから、出してあげたんだよ?」 「そういう意味で出してくれ、なんて言ってないし……」 「後の祭りだよ」 「頑張ってね、大城戸君!」 「お前ら、ほんっと、揃いも揃って根性悪いよなっ!」 理人は二人の笑いを蹴り飛ばした。それは五月晴れの空に消えた。 「4月9枚目に続く」 |
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