「りとりとこりと」(4月6枚目)
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 「……ねぇ、今の見た?」
「見た、見た、見たーっ! 生徒の前で教師があんなにがっつり手を繋いでもええのん?」
「あれ、繋いでると言うか…… 掻っ攫って行くって感じだったよね?」
「ね! 篠原先生ってさ、絶対に美桜ちゃんに気があるよね?」
「あ、やっぱ、あんたも思う? あたしも前々から思ってたー」
「思う! 思う! 行き帰りの校門での声掛けの時でも、うちら生徒より美桜ちゃんの方を向いてるやん。新人の一括りで隣に立つ事の多い神先生が心底
邪魔で仕方ないって感じせえへん?」
「そうそうっ! そんな感じー! お前、どっか行けよってな感じっ!」
「あの『邪魔者はあっち行けよオーラ』、神先生は気付いてないんやろか? それとも、気付いてて敢えて無視してるとか? うわっ、恋の鞘当てか?
ええなぁ〜 これって、めっちゃ美味しい展開とちゃうのん?」
「あの男前にモーション掛けられたら、あたしは速攻でOK出すのに〜」
「ない、ない! 絶対にないって! あの先生、うちらの事は商品程度にしか思ってへんしー。ふとした時に、めっちゃ冷たいとこあるやん?」

 高等部の生徒といえど、立派な女性。女三人寄れば姦しい。矢継ぎ早に飛び出してくる言葉は的確で鋭い。

 「あ〜、なんか分かるわ。学校の先生というよりか、塾の講師って感じ? ここから先の面倒や責任は持てません、って感じで露骨に突き放すやん」
「それはうちらが生徒だからっしょ? 今はそういう話とちゃうやん?
やっぱ先生同士、職員室で色々あるんかな〜 うわぁ、めっちゃ興味ある〜 萌える〜」
「新学期になって急に露骨になってきた? がっつきオーラ全開みたいな? それ、全部あたしに向けて〜ぇん、ってな!」
「あはは! がっつく、なんて言ぅたりな。あれだけの男前が台無しやわ」

 初々しい姦しさではあるが、その視線は既に立派な女性。女性が無責任に
花を咲かすのは他人の恋バナというのは相場。

 「あんな男前にがっつかれたら、美桜ちゃんでも落ちるんとちゃうのん? 美男美女カップルの誕生〜 眼福、眼福〜 あたし、学校行くの楽しい〜」
「さあ、どうだろ? 私は美桜ちゃん、ドン引いてるような気がする」
「ただ単に男慣れしてないだけじゃないの? ぽやぽやしてるし」
「男慣れしていないって? それはそれで、あたし的には美味しい展開!」
「反対に男慣れしていたら、うちの理想のお姫様像が壊れるからやだ〜」
「それはあんた達の勝手な都合でしょーが! 人を何だと思ってんのよ!」
「これ位、いいじゃん? ねー?」
「ねーっ!」

 声高に笑う姿は立派なおばちゃん。身振り手振りも板に付いたもの。それは物心付いた頃には既に始まっているこの地方独特の英才教育の賜物。

 「美桜ちゃんは、同期の神先生と二個一でずっと奉仕作業してたよね?
あたしはこっちが本命やと思っとったんやけどなぁ〜」
「それもどうだろうねぇ〜 なんかね、聞いた所によると、ここの伝統とかで新任教師は何年か奉仕作業させられるんだってさー」
「なんで?」
「だって、ここ、私学だもん。私学は公立と違って、会社と同じでしょうが?
新入社員は扱き使われるのが普通でしょ? ま、そんな感じ?」
「かーっ! ペーペー社員って事かいな! 神先生が用務員のおっちゃんの
後ろにへこへこくっ付いて歩いてるのってそういう訳? なんか笑うわ〜」
「あれ? でも、篠原先生は奉仕作業なんてやってないよね? この学校に
来たのってあの二人より何年か早かったよね? あれ? 何が違うん?」
「篠原先生は教諭じゃなく、講師だもん」
「え? なに、それ?」
「正社員と臨時派遣社員との違い、かな?」
「なんや、ああ見えても格が全然違うって訳かいな。脚立担いでへこへこ歩いてるうだつの上がらない方が格が上ってこと? やっぱ笑うわぁ〜」
「それはちょーっと言い過ぎちゃう? うちらの事をよく見てくれてはるのは神先生の方やと思うんやけど? うちは神先生の方が好きやわ」
「ま、篠原先生と並べるときついけど、一般的になら良い線行ってる口だとは思うし? なんたってノリもええし? あたし、神先生、好きー」
「どこぞの金魚姫かいっ!」
「ハムくれー」

 姦しくも愛すべき小雀達の集団はタイミングよく変わった信号に誘われ、
白い縞の上を足取りも軽く飛び去って行ってしまった。

 「……だ、そうだ。とも。モテモテだのぉ」
「その当人が後ろで脚立を担いでへこへこと歩いてるんですけどねぇ……
まあ、子供の言う事は率直というか、容赦極まりないものですから?
まあ、校門を出たらこれ位の本音をぶちまけるのは当然でしょう?」
「お前はそういう見方しか出来んのか? 面白くないのぉ……」

 伴迪のすかすかとした素っ気ない物言いを受け、宅原の薄い溜息は学校の
塀の端まで転がって行った。




「4月7枚目に続く」




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