「りとりとこりと」(4月5枚目)
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 「先生、さよーならー」
「ばいばーい」
「夕方からひどく降るらしいからな、気を付けて帰れよー」
「せんっせい、さよおならっ! みなさんっ! さよ、おなら! ぷ~!」
「そういう馬鹿にお気楽極楽に道を歩かれるのがな、ドライバーの皆さんは
一番怖くて仕方がないんだよ。世間様に迷惑掛けるなっ!」
「ひっどーい、先生~ 俺の身の方は心配してくんないんだー」
「常識を守れないような奴には、心配する価値なしっ!」
「俺って価値がないんだ~ うわーん」
「さよなら、先生」
「うぃーす」
「じゃーねー」
「さよならー、せんせー」
「ばいばーい」
「はい、気を付けて。また明日」

 朝と比べてその数は若干少ないが、下校時も校門には教師達が並ぶ。
塾に向かう急ぎ足、上の空、浮かれ足と見送るそれらは千差万別。




 「あ、よかった。ともたん、まだいたー」
「おう、理人。まだ帰ってなかったのか?」
「体育祭の委員で残ってた」
「ふーん。伶司はともかくとして、お前が委員長かよ? 」
「伶司と同じ事を言うなっ」

 げんなりと理人は疲れた溜息を落とす。

 「これ、朝に渡すの忘れてた。ごめん」
「大城戸、それってもしかしてラブレター? だったら、可愛い封筒に入れるとかしなさいよね。面白くないわ」

 理人が鞄から出した紙片を手渡すのを見て、遙香が手の甲を口許に押し当てつつ仰け反った。

 「阿呆かっ! ただの道場の予定表だろうがっ!」
「なあんだ~ つまんないの~」
「お前は何が面白くて、何がつまらんのか、さっぱり分からん」
「あんたが気にするこっちゃないわ」
「そういう所が……」
「お待たせー」

 理人が顔を顰めた時、怜司が自転車を押しつつ現れた。それを機に、居並ぶ教師達の雰囲気が緩く崩れる。

 「よぉっし! この辺で俺達も上がるとするかぁ~」
「そうっすね」
「もういい時間ですしね」
「雨が降る前で良かったですわ」
「雨のお出迎えとお見送りはきつい。年寄りには堪える」
「何を仰いますやら。まだまだ現役バリバリですのに。カミナリじじぃの名はまだまだ衰えを知りませんでしょうが」
「はっはっは」
「さーてっと! 戻ってもう一仕事、頑張りますか~」

 雑談を交えつつ、伸びをしたりしながら教師達は校舎へと戻り始めた。

 「お前らも気を付けて帰れ。車にぷちゅっと踏まれるなよ、豆チビ」
「余計なお世話っ!」
「じゃあ…… 神先生、枚田先生。失礼します」
「おう。子守り頼むな、美籐」
「まぁ、死なない程度にね」

 怜司が素気無く手を振る隣で、理人と遙香は手を挙げる。

 「枚田先生、さよおならっ!」
「はい、大城戸君も樋口さんも気を付けて帰ってちょうだいね」
「はーい」
「失礼しまーす」
「おう、じゃあな。ゴマ粒共」
「とも」
「……はい?」

 先輩同僚を追って踵を返した伴迪をとある深い寂声が引き止めた。そこには脚立を担いだ作業服の老人がいた。学校の用務員の宅原(えいばら)だった。

 「雨が降る迄に外灯の電球を替えたいんだ。一緒に裏へ回ってくれ」
「ああ、はい。じゃあ、その脚立、こっちにもらえますか?」
「おう、頼んだ」

 伴迪が脚立を引き継ぐに併せ、宅原の鞄に美桜が手を伸ばす。

 「私もお手伝いしますね、宅原さん」
「そうかい、美桜ちゃん。いつもすまんな…… おう、そこの若いのも一緒にどうじゃ? 皆でやればすぐに終わる」
「あら、いいですわね。篠原先生も背が高いですから、作業も楽々ですわ」
「どうして講師の私が、用務員なんかの手伝いをせねばならんのでしょう? 人にはそれぞれの仕事というものがあるのでは?」

 伴迪と美桜の隣に居た同年代の若い教師、篠原にも宅原は声を掛けた。
篠原はその通った鼻筋に冷笑を引っ掛け、首を素気無く横に振る。居合わせた教師達の目許にぴりり、と走ったのは緊張の色。篠原はそんな空気に気付いた様子もなく、鞄の紐に掛かっていた美桜の指に手を添えた。

 「枚田先生。用事を頼まれたのは神先生です。あなたまでもが泥や埃に
塗れる必要なんて全然ないんですよ」
「え? ああ、いえ…… 私も少し身体を動かしてストレス解消……」

 美桜がやんわりと笑うと、篠原は白い歯を見せて爽やかに微笑んだ。

 「今年初めて担任を持たれたので、色々と大変なんでしょう? 私も担任を持った時は何かと気苦労もありましたので、その気持ちは分かりますよ。
これは経験者でないと分からない類のものですしね。私で良ければ、お手伝いさせていただきますよ」
「いえ…… 篠原先生もご自分の用事がありますでしょ? 私は軽く気分転換出来れば、本当に…… 大丈夫ですから……」
「そんな他人行儀な遠慮など無用ですよ」
「いえ、これっていつもの新任の奉仕作業ですし…… だから、私も一緒に」
「一介の用務員なんかに顎で使われる情けない奴は放っておけばいい」
「え?」

 当て擦った物言いに驚いて出来た美桜の隙を篠原は見逃さなかった。
力の緩んだ指を紐から引き剥がし、そこに素早く自分の指を滑り込ませる。

 「雨が降りそうですよ。さあ、さあ、早く行きましょう」
「え? あの! ちょっと…… 篠原先生? ちょっとっ!」

 美桜をかっ攫うようにして篠原は早足で行ってしまった。その後に残されたのは、なんとも気まずい顔ぶれと空気のみ。

 「……すげぇ」
「知らないという事は最強って奴の見本だね」
「ああ」

 理人達の口笛混じりの呟きに教師達は我に返ったように動きを取り戻した。唖然とする用務員に苦笑交じりの会釈を残し、急ぎ足でそそくさとその場を
立ち去って行った。

 「……ねぇ、今のがどうかしたの? 何か問題でもあった?」

 訳知り顔で頷く理人と怜司に遙香が首を傾げる。そんな遙香に理人が投げたのは、たどたどしいウィンク。

 「んー、内緒っ!」
「あんたがやると可愛いのか、可愛くないのか分からないわ」
「黙れっ! さっきのお前の真似をしただけだろうがっ」




「4月6枚目に続く」





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