「りとりとこりと」(4月4枚目)
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 「でな、そういう訳で~」
「あんた。やっぱり、頭おかしいわぁ」
「そっかぁ?」
「そうよ。そうに決まってる。今まで気が付かなかったのぉ?」
「……何で? なーんで、理人がこんな所にいるのさ?」
「あれ? 伶司がなんで?」
「訊いてるのはこっち」

 話に飛び込んで来た疑問符に振り返ると、そこにはプリントを抱えて入って来た上級生。その顔は不審げに鼻に皺が寄っている。それに対し、遙香達と
喋っていた理人が嬉々とした顔で応えた。

 「体育祭の説明を聞きに行きなさいって言われたー」
「委員長は、って話だったよね?」
「俺も自分が委員長って柄じゃないこと位は分かっとぅわ!」

 上級生の冷たい言葉に吠えつつ、理人は座っていた机から飛び降りた。

 「最初の委員長なんて成績順か、その時に変に悪目立ちした奴がやるものと相場が決まってるし。ま、一生ない役だろうから、しっかりやりなー」
「その上から目線、めっちゃ嫌っ!」
「実際、視線は君より上だし? いいから、立ってないで早く席に座りな。 みんなも席に着いて下さい。大した用じゃないんで手早く終わらせまーす」

 場を仕切る上級生に膨れる理人の肩を、ちょいちょいと突く指があった。
ん? と首を傾げる理人を釣り目気味の瞳が好奇心でキラキラと輝きながら
覗き込んでいた。理人と同じクラスの女委員長、樋口遙香。

 「何? 樋口。どうかしたのか?」
「大城戸。あんた、あの先輩の事を知ってるの?」
「え? 怜司の事? 従兄弟だけど?」

 理人の返事に遙香は声を上げて身を乗り出した。

 「ええっ! あの人とあんたが従兄弟? 嘘っ! 全然似てないっ! あのイケメンとあんたと血が繋がっているだなんて嘘でしょ? 幻滅~」
「イケメン? 怜司が? そっかぁ? どこ見てんだかなぁ」
「あんたの視神経、腐ってるのね? あの人、結構モテるのよ」
「あ? そうなの? ふうん…… よく知ってるのな、お前」
「これ位の噂、拾えないあんたの馬鹿さ加減に呆れるわ」
「人の噂話なんて興味ねぇよ」

 理人がぶぅっ膨れると、遙香はその頬を人差し指で突き刺した。

 「あんた、神先生とも仲が良いよね? こっちも親戚関係?」
「とも…… 神先生は俺の兄ちゃんの親友。俺が生まれる前から知ってる」
「は? 何、それ?」

 笑みを浮かべる理人に遙香は眉間に皺を寄せて訊き返す。

 「俺と兄ちゃん、十三違うんだ」
「これまた随分と年の離れた兄弟だこと……」
「兄ちゃん達も生まれた時からの友達。お腹にいた頃から知ってるから、俺達にしたら神先生は実の兄ちゃんと同じって感じかな」
「ああ、そういう事…… 入学式の日のあれは兄弟喧嘩のじゃれ合いね?  あれはいきなり何事が始まったのかと思ったわよぉ」
「まあ、あれは後で色々こっぴどく叱られたけどな。それが何か? まだ何かあんの?」

 一人納得する遙香を理人は首を傾げ、遙香はそんな理人にウィンクを返す。

 「内緒っ!」
「なんだ、それっ! 可愛くねぇっ!」
「あんたなんかに可愛いと思って欲しい、なんて思ってないしー」
「そこの幼稚園児共! 黙れっ!」




 配られたプリントにざわつく一年生を代表し、理人が勢いよく手を挙げた。

 「しっつもーん! どうして運動会を五月にやるんですかぁ? 運動会って普通、秋なんじゃないんですか?」
「運動会じゃなくて、体育祭ね。大学受験の高等部の都合。体育祭と文化祭を同時期に済ます事で時間を省略したいんだ。それ位は察せないのかな? まだまだ小学生のことりちゃん」
「へえへえ、すんません。考えが浅くてすみませんでしたー」
「春に体育祭やるのは賛成でーす。だって、暑くないんだもん」

 情け容赦なく斬り捨てられて机に伏す理人の横で、遙香が先を促す。

 「ついでに中、高の新入生歓迎と、部活紹介も一緒にしてる」
「とことん合理的なのな…… もっと余裕を持てばいいのに……」
「学校は遊びばっかりじゃないんだよ、のうたりんと」
「のうたりん、言うなっ!」
「じゃあ、何も言われないよう、お口にチャックしとけ。のうたりん理人」
「外面大魔王、いけず伶司……」
「のうたりんよりマシだよ」

 怜司は各委員長達にプリントを配りながら、競技種目の説明を始めた。

 「一年生は初めてなんで、簡単に説明しとくね。同じ組数で縦割りにした
全学年混合の赤、青、黄、緑、紫の五チーム編成。中等部が五組、高等部が
七組なので、高等部の男女選抜の二組はバラバラに振り分けられます」
「へー」
「リレーと綱引きが男女八名づつ、借り物競争が男女二名づつ、騎馬戦が男子八名、残りの女子を中心に玉入れ。こんな感じかな?」
「……」
「これに部活対抗リレー、学年別競技、応援合戦が入ります。準備は高等部と中等部三年がやるので、僕達中等部の一、二年は特にやる事は特にないです。クラスのエントリーをまとめて、体育委員の手伝いをする位かな?」

 プリントに目を通した理人が、傍らに来た怜司の袖を引いた。

 「なぁ、怜司。どの競技が一番面白い?」
「僕は騎馬戦は迫力があって面白いよ。高等部の人達は身体が大きいし、
ノリもいいからね」
「高等部も中等部も一緒にですか? 危なくないんですか?」
「まあ、それはそれ? 手加減はしてくれてるとは思うよ」

 一年の間から安堵の溜息、二年の間からは意味深な苦笑が漏れる。

 「私、女の子で良かったかも~」
「樋口だったら、口で簡単に撃退出来るだろうな。惜しいな~」
「大城戸が騎手だったら、むさいおっさん先輩は簡単に手が出せないわね。
あんたが総大将をやれば? 絶対に勝ち残れると思う」
「うっさいっ!」

 お前が一番うるさいとの言葉と共に、理人は机に押し伏せられていた。

 「委員長は競技にはエントリーしなくてもいいです。何かあった時の穴埋め要員だと思ってて下さい。当日の状況に応じて動いて下さい」
「はーい」
「という訳で、今日はこれだけです。来週の月曜にエントリー表をまとめて
持ってきて下さい。その時、それと引き換えに各クラス委員の予定表を渡すと聞いています。こちらもよろしくお願いします」
「はーい」
「以上です。では、お疲れ様でした」
「失礼しまーす」

 ガタガタと椅子を引く音に続き、ガヤガヤとした声が教室から消えて行く。理人は自分のプリントを鞄に仕舞う怜司の傍らへ駆け寄った。

 「怜司、一緒に帰ろ。この後、まだ何かあんの?」
「いいや、ないよ」
「なあ、怜司は何組だったっけ?」
「君と同じ三組」
「うわ、最悪っ!」
「私は美籐先輩と一緒で嬉しいでーす」

 遙香がきゃあ、きゃあと喜ぶのを見た理人は苦笑を浮かべる。

 「樋口。こいつの本性を知ったら泣くぞ?」
「あんたの馬鹿っぷりと比べたら、屁でもないと思うわ」

 しれっ、と遙香に斬り返された理人は口をへの字に曲げた。

 「あーあ、俺も何か競技に出たかったなぁ~」
「脳みそお祭り騒ぎの理人だもんね。ま、仕方ないよ。今年は諦めな」
「つまんねー」
「何か役振りがあるかどうか、先輩達に聞いといてやろうか?」
「何かあんの?」

 理人が見えない尻尾を振って擦り寄って来るのを怜司は笑いつつ突き放す。

 「僕は伝達役のぺーぺーだよ? こんな馬鹿がいますと紹介する程度だよ」
「馬鹿、言うなー」
「じゃあ、非常に奇特で、可愛い奴がいますにしとくか?」
「んな事、他人に言うなっ!」

 理人が踏む地団駄の音が教室に響き渡っていた。




「4月5枚目に続く」





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