「りとりとこりと」(4月3枚目)
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 「おはよー!」
「先生諸君。今日も朝早くから、ご苦労さーん」
「校内ではちゃりんこ降りろつってんだろっ! 生徒手帳、取り上げるぞ? それでお前はレッドカード。お説教部屋行きだが、それでもいいのか?」
「すんませーん。それだけは勘弁してくださーい。僕、いい子になるー」
「おはようございまーす」
「課題はちゃんとやってきたか?」
「わはは! まーかせてー! 今日の、今日だけはばっちりー」
「今日だけというのが、先生は情けないぞー」
「うぃーす!」
「おはようございます」
「はい、おはよう。今日も一日、頑張りましょうね」
「おっはよーごっざぁいまぁ〜すっ!」

 朝の校門は雀のお宿如くかまびすしい。ここの教師は校門から校舎へと
向かう小道での挨拶が伝統となっている。風紀チェックと同時に、生徒達と
コミュニケーションも図るという目的もあった。

 「おはよ、ともたん」
「おう。今朝も相変わらず、ちっこいな」
「やかましいっ! あと数年で、俺はともたんなんか追い越してやるっ!」
「それはどうだか〜 師範も苑良も俺より身長低いし? どんな突然変異を
期待してんだかな」
「怜司がいる」
「従兄弟とはどんだけ同じ遺伝子持っていると思ってんだ? 無理、無理!」
「無理ちゃうっ!」
「ともたーん! 『それ』がともたんの隠し子って本当?」
「阿呆か! 一体幾つの時の子だ? もう少し常識で物を言え」

 伴迪に蹴りを入れていた理人は背後からの野太い声達に振り返った。
そこには数人の高等部男子生徒。伴迪の呆れ半分の怒鳴り声に合わせ、彼らは揃って口許に拳を宛がって甘ったるい口調で騒ぎ出した。

 「え〜 ともたんなら分かんないぃ〜ん」
「隠し子じゃなかったら何〜? お稚児?」
「ともたんったら、こんないたいけな子を? いっやらしい〜 不潔〜」
「いゃぁん、げんめつぅ〜」
「お前ら、しょうもない事を言っとらんと、さっさと行けっ!」

 伴迪が声を張ると、弾けた笑いを引き連れて高等部は行ってしまった。
そんな後姿を見送りながら理人がくしゅり、と背を丸める。

 「ごめん! 高等部にまでともたんって呼ばれてるって本当だったんだ」
「別に大した事じゃない。とんでもない不名誉な仇名を陰で付けられる事を
考えたら、こんなのは可愛いもんだ。お前に心配される謂われはない」

 伴迪が理人の低いつむじをくりくりと親指で押しつつ笑う横で、ほわほわとした笑い声が上がった。

 「大城戸君は神先生の事が本当に大好きよねぇ? なんかこう、全身で甘えまくってる子犬って感じよね?」
「枚田先生の意見に僕も一票」
「枚田先生! 怜司っ! なんだ、それっ! 俺は犬じゃないっ!」
「ふーん。甘えてる自覚はあるんだ? 赤ちゃん理人、ばぶばぶちゃ〜ん」
「うっさい!」
「あら、大城戸君が赤ちゃんって…… 可愛いかも?」
「先生まで言うなー!」

 理人のきゃんきゃん吠えに、美桜の軽い笑い声がぽこぽこと沸く。

 「あのな、先生。俺達、とも…… 神先生に赤ちゃんの頃にオムツを替えてもらって、ミルクももらってたんだってさー おっかしいだろー?」
「あら? 大城戸君が赤ちゃんの頃って、可愛らしかったんでしょうねぇ。 ぷくぷくのまんまるぅ〜、って感じだったんでしょうねぇ」
「ころん、ころんでしたよ。それが怜司と二つ、床に転がってましたね」
「きゃあ、可愛い〜 写真、ないのかしら?」

 伴迪の証言に両手を頬に宛がって笑っていた美桜が、ふと首を傾げる。

 「……あら? 大城戸君達と神先生って……? 何のお知り合い?」
「俺の兄ちゃんの友達! で、うちにずっと合気道を習いに来てるんだよ」
「でも、それが何故、大城戸君達のお世話に繋がるのかしら?」
「色々と忙しかった母さんが兄ちゃん達に俺の世話を押し付けたんだ。
ついでに怜司のお母さんもそれに便乗。怜司のお母さん、俺の父さんの妹」
「あらあら、立派なお母様達だこと。そう、美籐君とは従兄弟だったのね」

 美桜が頷くと理人はにぱっ、と新たなる笑みを咲かせた。

 「でね! アホな事のほとんどは、苑良にぃと神先生に習った!」
「お前らのレベルに合わしてただけだろうがっ! 人のせいにするな!」
「違う、違う。ともたんが余計な事を俺に教えたから、こうなったんだ!」
「同じ事を教えた怜司は小賢しい位にしっかりした奴になっちまったのに、
どーして、お前はこうもアホ丸出しなんだ? え? 何が違うんだろうな? やっぱり遺伝子の出来か?」
「うるさいっ! へっぽこ教師!」
「お前にだけは、へっぽこなんて言われとぅないわっ!」

 理人と伴迪がゴリゴリと互いの額を擦り合わせるようにして笑い合うと、
怜司は口をへの字に曲げて不機嫌そうに自転車を押し出した。

 「阿呆で能天気なお二人さん。そういう馬鹿な話、よその人がいる前では
しなくていいんだよっ!」
「待てよ、怜司っ! 何、怒ってんだよ? ……じゃあね、ともたん」
「おう、転ぶなよ」

 二人を見送った後、美桜はにこにこと伴迪を見上げながら笑い掛けた。

 「神先生って、もう立派にお父さん業が出来る方だったんですね?」
「あ、いや、その…… 何というか…… 親友の手伝いをしている内に…… あいつら、生まれが二ヶ月しか違わないんで、ほとんど双子同然でして。
しかも、年子の妹までもが…… その子守の手が足りなくて、ついつい…… で、気付いたら今に至るというか、そんな感じで…… ええっと、俺自身は
何と言うか…… 家事的な事はからっきし駄目でして…… だから、その。
それはどうかと……」
「いいえ。やっぱり、神先生って色々と頼もしいですよ」

 しどろもどろで言葉を紡ぐ伴迪の腕を叩き上げながら、美桜は首を振る。
緩く波打つ髪が揺れる様に伴迪はあたふたと視線を空へと逸らしていた。

 「あの……? いや、普通、こういうのは情けない部類の話なのでは?」
「あら? 子供の面倒をしっかりと見てくれるのは安心条件の一つだと思うんですけど? 私、いつでもみんなで馬鹿を言い合いながら笑ってるような、
そんな家庭が理想なんです」
「あ? あの、枚田先生、それって? いや、その…… それは……」

 伴迪が喉の奥に掛かってきたものを咳払いで払うと、美桜はそれに弾かれたように口許を手で覆った。その指の下は耳まで桜色に染まっている。

 「……あっ! ああ! ご、ごめんなさいっ! 私ったら、なんて事を……
い、今のは聞かなかった事にして下さいっ! あの、私の勝手な戯言で!
私ったら、なんて恥ずかしい事を…… す、す、す、すみませんっ!」
「あ、いや…… 恥ずかしがる話ではないと思いますが? 女の方らしい、
可愛らしい考え方だと思いますよ」
「いえ、場所柄を弁えない話で…… 忘れて下さいっ! あの、あのっ…… ごめんなさい、ごめんなさいっ! こんな話、忘れて下さいっ!」
「じゃあ、あいつらのオムツ話云々を忘れるという事で、今の話はチャラに
しませんか?」
「……はい。お願いします。すみません、朝からこんな恥ずかしい話……」

 空に視線を投げつつの伴迪の提案に、美桜は半泣き顔でこくこくと頷く。
葉桜の枝から差し込む朝の光が、そんな二人にほろほろと零れ落ちていた。




「4月 4枚目に続く」




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