「ぴんぽんだっしゅ!」(はややP様 「ぴんぽんだっしゅ!」より)
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 「あっ、来た! 来た、来たー! 彼が来たわよぉ〜」
「歩調はいつもと変わりなーし。障害人物も見当たりなーし」
「よし、ミク。気合い入れなっ! そのまま真っ直ぐに走り込めっ!」
「う、うんっ!」
「よし、行ってこーい! 女は度胸っ! 可愛らしくアピールしておいで!」

 渡り廊下を右に曲がれば理系クラス。お馬鹿な私にとっては縁の無い世界。その角を曲がる一瞬を目指し、私は飛び出した。

 「……おっ、おはようっっっ!」
「お、はよう…… あの? 君? あっ、ちょっと待って…… あのっ!」

 私の背中を戸惑いでいっぱいの声が引き留めている。それを振り切るように私の足は渡り廊下を一気に駆け抜けていた。

 ああ、今日もまたやってしまった…… 私って…… 私ってどーして……
可愛く、可憐にすれ違いで挨拶をする筈だったのに、何やってんのよ、私。
あんな顔もまともに上げられない怒鳴り付け状態で、折角の呼び止めに応えることすらも出来ずに…… ああ、もうっ! 私の馬鹿っ! 馬鹿っ!

 とぼとぼと引き返す渡り廊下を抜ける風が爽やかすぎて泣きたくなる。

 「あんたねぇっ! 猛スピードでダッシュかましながら叫んで通り過ぎて
どーすんのよ? 小学生の悪戯のピンポンダッシュかいっ!」
「うう……」
「仕方ない、仕方ない。この娘に器用な真似出来る訳ないって」
「うう、二人共…… いつも、いつも、ごめーん。ありがとー」
「いいって。毎朝ご苦労様です」
「しっかし、なんと言うか…… 文系、合唱部、電車通学のあんたがよ。
理系、帰宅部、学校前バス停通学という接点のない奴に惚れてしまうのか……私には分かんないわぁ」
「あら、そういう恋が萌えるのよぉ。野暮ねぇ〜 花のない女って駄目よね」
「相手のことをよく知らずに好きになれるものなのかい?」
「意外とあんたもミクのことを言えないようねぇ? いやあねぇ〜」
「大きなお世話さん。ほら、ミク。今日のアタックはお終い。教室行くよ」
「……はぁい」

 予鈴チャイムの軽やかさが恨めしい。こんな切ない朝はいつまで続くの?





 「で? 今日は雨だから止めとけば? 危ないわよ?」
「ううん。私、頑張る!」
「その気合い、勉学の方にも向けばねぇ…… ほら、とっとと行ってきな。
そろそろ首根っこ掴まれて文句言われても知らないからね」

 朝のピンポンダッシュは一ヶ月も空振り記録を叩き出している。
彼を目の前にすると逃げ出したくなる。「おはよう」と絞り出すのが精一杯。この状況を変える魔法を下さい神様。もう祈るだけなら百万遍。

 「おは…… うわっ!」

 リノリウム独特のきゅきゅきゅっとした高音と共に視界が急回転した。
今日は雨。濡れて滑る廊下は走るべからず。彼女達はこれを言っていたのに、今頃その配慮に気付く私はやっぱりお馬鹿だ。後悔先に立たず。

 「ご、ご、ご、ごめんなさいっ! 怪我はないですかっ?」
「……」
「あ、あのっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「はは…… やっと『おはよう』以外の言葉を聞くことが出来た」
「え?」
「いつも君は猛スピードで駆け抜けて行くからさぁ」
「あ……」
「でね、ちょーっと体勢を直させてくれる?」
「……? あっ! ご、ご、ご、ごめんなさいぃぃーっ!」

 私は滑って彼に頭突きを入れただけでなく、その上に馬乗りになっていた。慌てて飛び降りたものの、腰が抜けて立ち上がれない。逃げたくない時には
逃げて、逃げ出したい時に逃げ出せないだなんて…… 何なの、私って。

 「とりあえず、名前、教えて? いつも元気なぴんぽんだっしゅさん?」

 くすくす笑いに顔が上げられない。しかし、黙っている訳にも行かない。
なけなしの勇気を振り絞りなさい、私。

 私は俯いたままで彼の左胸ポケットの校章の刺繍に人差し指を宛がった。
神様、お願い。これが彼の心の扉を開くチャイムになって。

 「初めまして、初音ミクです」





 はややP様
 【初音ミクオリジナル】ぴんぽんだっしゅ!
より


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