「りとりとこりと」(5月4枚目) |
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「礼っ!」 「ありがとうございましたっ!」 「どうもー! 大城戸苑良、ただいま戻りましたー!」 「嫁、ありすも戻りました~」 稽古の終了を告げる手を打つ音と明るい声が重なった。一同が正座のまま 振り返ると、こめかみに指を宛がってにこやかに笑う青年。その隣には大きなお腹の女性と伴迪と美桜。 「にぃっ! 苑良にぃ、ありすちん、おかえりー!」 「おうよ! 相変わらずちっせぇのな、馬鹿理人!」 「うるせー! 他に言うことはないのかーっ!」 「なーい」 「受験突破おめでと、理人。まさかあんたがともの学校に入れるとはねぇ~ もうすぐ世は天変地異に襲われるってか?」 「ありすちんも相変わらず、何気に酷っ!」 「はは、ビリでも合格は合格~ うん、めでたい! やったね!」 一番に身を翻して駆け寄った理人はくしゃくしゃと兄夫婦達に頭を掻き 回されている。 「恵梨ちゃんも怜司も元気だった?」 「もっちろん! ありすちんの赤ちゃんは?」 「こっちは元気よ。まだぽこぽこ動くから、後で触ってみる?」 「触る、触る~ ねえ、れいちゃんも一緒に触らせてもらお?」 「あのねー それは…… 幾らなんでもマズイだろ?」 ありすの誘いにはしゃぐ恵梨と、狼狽える怜司の姿は実に好対象だった。 「はい、はい! 俺、触りたーい。触らせて~」 「理人っ! お前は馬鹿か! そんなにほいほいと気易く女の人に触っちゃ 駄目だろうがっ!」 「えー! 俺、叔父さんだしー いいじゃないか」 「あはは。怜司は相変わらず変な所はお硬いんだからぁ」 「……」 「じゃ、動き出したら三人に同時にお腹に手を当ててみる?」 「うん、まあ…… みんなと一緒に手を当てるのなら」 「早く動け~ 俺はお前の叔父さんだぞ~」 騒ぐ三人を眺めながら遙香は隣に来た美桜に耳打ちする。 「あの人達が大城戸のお兄さん夫婦ですか?」 「私も初めてお会いしたのよ。とても良い方達だと思うわ」 「美桜ちゃんがそう言うのならば間違いはないですね。本当に年の離れた兄弟だったんですね。冗談かと思ってました」 「そうね。私も正直言って驚いたわ」 「いや、そんなことよりっ!」 くすくすと笑う美桜の腕を遙香はがっちりと掴んだ。その目はきらきらと 好奇心という名で輝いている。 「美桜ちゃん。神先生とお付き合い始めたんですか?」 「え?」 「さっき、大城戸のお母さんも『伴迪君の彼女』と言ってましたし? 親友の迎えにただの同僚なんて連れて行ったりなんかしませんよね?」 「あ、あの……」 赤面して言葉を無くす美桜の姿に遙香は小さく呟く。 「……美籐先輩、大当たり」 「え?」 「ああ、いえ。こっちの話ですー お幸せにでーす」 「あ、あ…… あの、その…… ええっと…… あの、うん…… その、ね…… あの、うん……」 「美桜ちゃん。見てるこっちの方が恥ずかしいので、そんなに可愛らしく もじもじしないで~」 遙香は美桜の肩に手を掛け、がっくりと頭を垂れていた。 「苑良っ! 自分の荷物は自分で運べっ! 早くしろってっ! いつまでもエントランスにほっぽらかしてんじゃねぇよっ!」 師範の父や有力者達と談笑をしていた大城戸兄に伴迪が声を上げた。 「ええ~ それ位のサービス、してくれてもいいだろうよ~ 俺、長旅で 疲れてるんだよー」 「んじゃ、駐車場に並べて置いとくな。来客の車に踏みちゃんこにされても 知らないからなー」 「うわっ! とものいけずんぼー」 「いけずで結構、こけこっこー」 苑良が駄々子のように顔を顰めると、伴迪は明後日の方向へとしれっ、と 薄い笑みを浮かべた視線を逸らしていた。 「お前、それでも友達かよ?」 「残念ながら友達だよ」 「ともたん、つれなぁい~」 「俺はお魚じゃないんで、釣れませーん」 「ヘタレの癖に生意気っ!」 「理人よりかはマシだ」 「何で、そこで俺の名前を出すっ! ふっざけんな!」 「おお、理人が手伝ってくれるのか? 俺は良い弟を持った~」 無駄なツッコミを入れてしまったと悔やむ間もなく、理人は兄に頭を抱き 込まれていた。そして、すりすりと頬擦りされた理人はぎゃあぎゃあとした 喚き声を上げる。 「相変わらず、口だけはよく回るよなっ! 離せ~」 「うん。ついでに頭もよく回るよ。馬鹿理人とは違うのさ」 「んじゃ、三百六十度回して見せろっ! それ位の芸当、苑良にぃだったら 出来るだろっ」 「苑良なら出来るかもな。ほらほら、苑良。今が兄の威厳の見せ所だぞ~」 理人の噛み付きに伴迪が囃し立てると苑良は肩を竦めて笑った。 「いやぁ、俺もまだまだ人間でいたいんで降参だ。ごめんよ~ 馬鹿理人こりと、脳みそ小指の小鳥ちゃーん」 「うっさい! 苑良にぃだって、カラカラ脳みそらだろうが」 「んじゃ、悔しかったら、これから学校の成績で俺の順位を一度だけでも良いから抜いてみな~」 「……くそっ! んなもん、無理に決まってんだろーがっ!」 理人が地団駄を踏んで悔しがると、伴迪が苦笑混じりで助け船を出す。 「理人だってやれば出来る、かも、しれない。頑張れよ~」 「う……」 「と言う訳で! 苑良、お前はさっさと荷物を運びに行きやがれっ!」 「とも~ 頼むから手伝って~ お願いします」 「最初から素直にそう言え」 「ううん、いけず~ 昔のともは俺にはもっと優しかったのに~」 「うっさい。変な誤解招くようなことを言うな」 「いやぁん、ともってそんなに怒りんぼじゃなかったのに~」 「お前もその気色悪い腰のくねらせ方、止めろって! 向こうの国で何か 悪いもん、貰ってきてないだろうな?」 「うん、多分ねー」 ふざけ合う会話の質の低さに周りの者達は緩い苦笑を零している。 そんな中で遙香は美桜に問い掛けた。 「……あそこで大城戸達と一緒に騒いでるのは、神先生、ですよね?」 「ですね」 「小学生ですか…… 美桜ちゃん、あんなのがいいんですか?」 「はい。いいんです」 「……訊いた私が馬鹿でした。ごめんなさい」 先程と打って変わって揺ぎ無く頷く美桜の笑みに、遙香はがっくりと頭を 垂れていた。 「あれ? 見掛けない子だね? 新人さん?」 「樋口と申します。今日は見学に伺わせていただきました」 荷物を運び出しに行きかけた苑良が、ふと遙香を覗き込むようにして立ち 止まった。苑良と理人はあまり似ていない。従兄弟の怜司の方が雰囲気が似ている。ということは、あの悪魔の尻尾と同等か、年齢的にそれ以上の代物を 隠し持っている可能性が高い。遙香はつい引き攣りそうになる笑みを隠すのに全神経を注いでいた。 「美桜ちゃんと話しているってことは、ともの学校の子?」 「はい。大城戸君と同じクラスです」 「理人と? そりゃ、大変だな。あいつ、馬鹿だろ?」 「はい、見事なお馬鹿です」 「おいっ! 普通はそこでお世辞の一つ位言うもんだろうが!」 理人に突っ込まれた遙香は笑って小首を傾げる。 「え? だって、本当のことだもの」 「あのなぁ…… 物には言い様ってもんがあるだろうがっ」 「あ~ ごめん。素敵なお兄さんを前に焦って、すっかり忘れてた。ごめん、ごめーん」 「阿呆か、お前わっ!」 二人のやりとりに苑良はふうん、と楽しげに口許を歪める。 「へぇ…… ともに続いて面白い彼女見付けたのな、お前」 「こんな奴、彼女とちゃうわっ! ふざけるなっ!」 「いえいえ、とんでもない。私にだって選ぶ自由はあります」 二人同時の否定の言葉は道場の喧噪に掻き消されていた。 「……あ、そうだ」 睨み合う二人に伴迪はいきなり物凄い勢いで拳骨を落とした。 「ともたん! いきなり何すんだよっ!」 「おいおい、とも。いきなりどつき倒すような事はなかろうて。確かに理人は仕方ないとしても、お嬢ちゃんまで殴ることはないだろうに」 「いや。こいつら、帰り道で校則違反のニケツしてやがった」 「……」 「おおっ! 理人もいっちょ前に彼女とニケツか? やるなぁ」 「だからっ! 違うって!」 抗議の声を上げた理人は、その半分を飲み込んでいた。顔を寄せて来た兄の目に宿る凄みに理人の喉が低く鳴る。 「ちゃりんこは乗り方を間違えれば凶器になる、と言ってあった筈だよな。しかも、お前はメットを被っているが、嬢ちゃんは素だ。どっちが危ない? 男のお前の方がそういうのを先回りして考えて然るべきだろうが? あ?」 「……ごめん。もうしない」 しゅんと反省の角度に下がった頭を掻き混ぜ、苑良はかんからと笑った。 今の一瞬の殺気じみたものに覚えのある遙香は理人と同じ角度で俯く。 そんな二人の丸まった背中を叩き上げながら苑良は言った。 「よし! じゃあ、お嬢を駅まで丁重に送って差し上げて来い。きちんと 改札を通る所までを見届けて来なかったら、この後のご馳走はなしっ!」 「ええっ! そんなの横暴っ! 底なし胃袋のおっちゃん達に掛かったら、 いただきますって手を合わせた瞬間にはご馳走は終わってるだろ! 後は酒の肴しか残らないしーっ!」 「だから、さっさと行って来い。ほれほれ」 「くそーっ! 帰国早々、それかよっ!」 「……と、こんな程度で悪いんだけどよ。とも、これで今回の二人のことは 勘弁してやって?」 苑良はきゃんきゃんと喚く理人を押し遣りながら伴迪に笑い掛ける。 「そうだな。俺も生徒手帳を取り上げ回収するのは面倒臭いしな」 「……だそうだ。二人共、神先生の寛大な処遇に感謝するように」 「ありがとうございます。お兄さん、ありがとうございました」 「はぁい……」 「じゃあ、とっとと支度しな」 「あ、はい。失礼しますっ!」 「んじゃ、行くわ。お嬢ちゃん、またね~」 肩越しに手を振り去る苑良達を見送りつつ、遙香は理人に言った。 「あんたとは正反対のお兄さんね」 「今日はここまで」 感想いただけると嬉しいです! |
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