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 「愛は勝つ」&「ホームワーク」
〜「愛は勝つ」〜

 私こと、有坂ひとみは只今、真剣に悩んでいます。当年とって17歳。 花も恥らう青春真っ盛りの乙女なのです。青春といえば恋。そう、私は恋をしているのです。

 知らず知らずの内に出てくる溜息は、もう何回目かなんて数えるのも飽きた。目の前でくるくると回るペンは、私の心みたいに落ち着かない。白いテーブルには冷えたシャンパンなら様になるんだけど、そろそろ気の抜け始めたレモンスカッシュ。

 そして、何も書かれていないブルーの便箋……

 初夏の風が吹き抜け、パリのカフェを真似た喫茶店のテラスに座る私の短い髪を撫でて通り過ぎて行った。

 自分で言うのも何だけど、私ってボーイッシュで可愛いタイプ。元気見本みたいな女の子で、周りの人気もまずまずって所。ちょっとやせっぽちというのが悩みかな。もう少し太る所が太れば、男子の視線は間違いなく独占間違いなし。

 そう、こんな私でも恋に悩むのです。元気印のこの私が、いつもなら大口開けて 笑っているこの私が赤面して下を向いている。こんなの私じゃない、っていくら心の中で喚いてみてもやっぱり駄目。本当、私らしくない。でも、でも、これが恋なのよ。

 彼? 彼はね、あまり目立たない秀才タイプ。でもね、あの眼鏡が本当はお茶目な素顔を隠している。多分、クラスの女子はこのことは誰も気付いてないと思う。

 きっかけ? あれは新学期が始まった頃。クラスのノートを職員室に提出に行く 途中の廊下の角。ええ、少女漫画の黄金パターン。でも、その時よっ、その時っ! あまり面白味のない、真面目が取得の無愛想な奴と決め付けていた私の浅はかな考えが吹っ飛んだのは! そう、目から鱗が落ちるって奴? 慌てて二人でノートを拾い集めて、一緒に職員室に持って行くその短い間に、私は恋に落ちていた。

 それから、いつの間にか私の目は彼の姿を追っていた。友達と話しながら笑っている顔、授業中の真剣な横顔、体育の授業でバテている子供っぽい仕種…… もう見れば見る程、キラキラと輝いて見えた。

 友達はそれとなく気付いているみたい。だけど、まさかクラスで一番の元気娘が、あんな大人しい彼をとでも思っているらしく何も言わない。元気娘は恋なんてしないとでも思っているのかしら? それって失礼よね。私だって人並みに恋するんだから馬鹿にしないで欲しいわ。と、心でいくら強がってみせても現実は彼のことを想って溜息の山をうず高く築くばかり……

 また一つ溜息が零れ落ちたその時だった。

 「Hi ! Girl. さっきから溜息ばかりです。 May I help you ?」

 ……何、この人? いつの間にか目の前に背の高い一人の外人が立っていた。昨今流行りの魔法少年のような丸い眼鏡の奥で青い瞳が微笑んでいる。年の頃はさっぱり見当もつかない。一見若いのだが、じじ臭くもあり、また幼くも見える。昔よくあったっていう宗教の勧誘かしら? その割にはどこか抜けてそう…… 変な外人。

 「Thank  you……  日本語、お上手なんですね。日本は長いんですか?」
「はい。10年、なります。でも、まだ英語、混じってしまいます。修行、足りません」
「そうですか? 今は英語混じりの方が格好良いですよ」
「僕、沢山、人と話して日本語、上手になりたいす。そして、沢山、友達なるが夢す」
「いい夢ですね」
「話さないと人は分かりません。黙るだけ、駄目す」
「……ええ」
「それに心配なこと、黙るは辛いです。だから、僕、聞きす」

 魔法少年もどきはそう言って、子供のように実に屈託ない笑顔を私に向けてきた。私はその笑顔に吊られるように、この見ず知らずの外人に胸の内を話し始めていた。
 
 「Don't worry.   あなたが本当に彼のことを想うのならば、その想いは必ず彼に届きます。でも、だからって何もしない、黙るは駄目。話さないと何も伝わりません。大丈夫、必ず最後に愛は勝つ、です」

 魔法少年もどきは下手くそなウィンクを一つ寄越してきた。それは日本人よりも  下手くそなものだった。しかし、私はそのあまりにもな下手くそ具合が、その優しい心遣いが嬉しくなって声を上げて笑った。何故か涙が目尻に浮かんできて、私は身体を二つに折るようにしてひたすら笑った。

 私が笑いを収めた時、魔法少年もどきの姿はなく、爽やかな青い風が吹き抜けるばかりだった。でも、何故か、私にはそれが当然のような気がした。

 「そうよ、どんなに困難でくじけそうでも信じること! 必ず最後に愛は勝つのよ!」

 私はペンを握り直すとブルーの便箋に向かった。

 あの下手くそなウィンクと彼の言葉は、行き場を無くしてぐるぐると空回りしていた私の想いの壁を確実に崩していた。そう、伝えなければ何も伝わらない。そう、私は自分の想いを伝えなければ……




〜「ホームワーク」〜

 「有坂! ねぇ、有坂ってばっ!」
「放っておいてよ、高井」
「有坂、何をそんなにムキになっているのよ?」

 放課後の廊下で私を呼び止めるのは、親友の高井麻美子。私とは正反対の長い栗色の髪が印象的な美人だ。才媛、という言葉はこの娘の為にあると言っていいと私は信じて疑わない。

 「だって、腹立つじゃないっ! 何なのあの娘は!」
「だから気にしない方がいいって。相手は学年でも1、2を争う遊び人じゃない?」
「それはそうだけど…… でも、何で選りによって小野寺君な訳?  一体何なの、あの塩見聡子って娘はっ?」
「まあ、あんたが小野寺君にアタック掛けてから、彼の株が急上昇したのは事実。 あわよくば、美味しい所を掻っ攫おうって考える奴もいなくはないでしょうね……」
「何て奴、今まで見向きもしなかったくせに……」
「普通ならあんたがいるってことで、諦めるものなんだけどね」
「でしょう? 全く…… 何なのよっ!」
「ね、ところで肝心の小野寺君はどうなのよ?」
「うーん、自分の立場、よく分かってないみたい。いつもと全然変わらない」
「ふうん…… 余裕なんだ。それとも、アホと天才紙一重って奴かしら?」
「そんな風に言わないでよ」

 ずんずんと廊下でたむろする人達を掻き分けるようにして歩く私の後ろで、高井がくすくすと笑っている。いつもならば気にならないが、今日に限って高井の笑声すらが気に障ってしようがない。

 そう、私は必死の思いで彼に告白した。親友の高井はともかくとして、クラス中が腰を抜かさんばかりに驚いた。自分の投げた石の所為とはいえ、こんな騒ぎになってしまったことに私も驚いた。

 私は昼休みの教室で、みんなの前で告白をしてしまったのだから仕方ない。   私も軽率というか馬鹿だったが、対する小野寺君が強者だった。怖気づいて当然の状況で、彼の印象ではうろたえて当然と思う状況の中、当の本人は余裕の笑顔で私の肩を抱き寄せ、友達連中に向かって二本の指を立てて見せたのだ。昼休みの教室は、それこそ蜂の巣を蹴り飛ばしたような大騒ぎになっていた。

 あれ以来、私達はクラスどころか学校中公認の仲となっていた。

 確かに、ただの地味な真面目君だと思われていた彼の株は、この件をきっかけに上がっている。男子のことは置いておいて、女子の場合は諦めるか、校舎の陰からそっと見詰めるのがいいところ。

 なのにっ!

 あの塩見聡子はぬけぬけと小野寺君にモーションを掛けてきたのだっ! 今まで目もくれなかったのに、急に目立つ存在になってきたからって色目使わないでよね。美人だからっていい気になるんじゃないっ! 今まで何人の男と浮名を流したの? 両手両足の指で足りる? 何なら私の分も貸してあげるわよ。私は小野寺君だけを見詰めてきたんだからね。すぐに人のものを欲しがるんじゃないわよっ!

 「有坂……」
「何?」
「あんまりカッカしてると元気印が台無しだよ」
「高井は…… 親友がこんなに悩んでいるのに。どうして、そんなにのほほんとしていられる訳なのよ?」
「別に私には関係ないもん」
「友達甲斐のない奴ねぇ……」

 私が大袈裟に溜息をついて見せると、高井はさも可笑しそうに声を立てて笑った。

 「じゃあさ。訊くけど、有坂は小野寺君が塩見の方に行っちゃうと思ってる訳?」
「冗談っ!」
「だったらいいじゃない。もっとでん、と構えてなさいよ。そんなにジタバタしていたら自信ないと思われちゃうよ」
「うっ……」

 高井はお嬢っぽくてのんびりしているが、実は結構鋭い。私は何も言い返せずに歩みを止めた。高井はふわわん、とその長い髪を揺らしながら私の顔を下から覗き込んできた。

 「こういう時、早く大人になりたいって思うよね。大人の女の人だったらこういう時、もっと格好良く小粋にかわしていけるんだろうね」
「……」
「でもさ、そうやって悩んでこそいい大人に、いい女になるんだよね。 だから、今をいい機会だと思って一生懸命悩んで女を磨きなよ。私が傍で応援してあげるからさ」
「……うん。そうだね…… 私、頑張る!」
「そうよ、その意気よ!」
「小野寺君は渡さないんだから!」
「……ま、塩見もさ、あんた達みたいなバカップルの間に割って入るのが、どれほど虚しいことか勉強した方がいいだろうしねぇ」
「高井、何か言った?」
「いいえ、なーんにも…… そうだ、景気付けにクレープでも食べに行こうか。最近、あんた付き合い悪いもんね。今日は奢りなさいよ」
「え……」
「いいお店見つけたんだ。行こう!」
「ちょっと!」

 私達はざわめきの校舎を抜け出し、街へと繰り出した。街はもう夏の日差しに満ち溢れて輝いていた。






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