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 「Kiss You」
地上の星、摩天楼を見下ろして煌々と輝くは満月。
夜の太陽、月と張り合うように広がるは、星を散りばめたような摩天楼。
冷たさと温もりとが奇妙なコントラストを醸し出す艶やかで不思議な夜……

 「……うふふ。相変わらずの渋面なのね」
「……」
「でも、まあ…… あなたの笑顔なんて、ここ何百年と見ていないんですもの。今更気にしたって仕方ないわよねぇ……」
「お前が笑っていないところなんて、俺はここ何百年と見たことがない。どうすれば、そうやっていつまでも笑っていられるんだ?」
「うふふ……」

 月の光を集めたような純白のドレスを着た少女が、全身黒づくめの青年の前へと忽然と現れた。その足下には、きらめく摩天楼の光しかない。しかし、青年は何一つ臆する様子もなく、林立する高層ビルの上に片膝を立てて座り、眼下に広がる光の渦を眺め続けていた。

 「見ろ。この摩天楼…… 人間達は自分で自分の首を締め続けていることに気付きもせず、驕り高ぶって傲慢な振る舞いを止めようとしない。愚かな戦争。生態系を無視した伐採、開発…… 自分達さえ良ければ他はどうでも良いとした振る舞いが後を絶たない。反省するどころか、反対にエスカレートする一方。今度の人間達の行く末も見えたな…… この間、誰かが予言した通りになりそうだ」
「あら、でも、驕り高ぶったりせずに自然と上手く調和している人間達もいるわよ? 一面だけを見て決め付けるのは良くないわ」
「それはほんの一握りだ。そんな微々たる人数で、この腐り切った人間達を救うことなんて出来はしない」
「あら、まぁ…… でも、たった一人で救われたこともあったんじゃなかったかしら?」
「一体、いつの話だ。あの頃の人間はまだ原始的で素朴で、未発達だったからな」
「今の人間達はあなたにとって、発達し過ぎた野蛮で愚かな猿って訳なのね?」
「何てたとえだ…… だったらお前は何だ? いつも、いつの時代も人間達の愚かな行為をくすくすと笑って見ているだけじゃないか」

 少女は青年の問いをはぐらかすようにふわりとその身を翻すと、白いドレスの裾がゆっくりと優雅な弧を描いた。青年はその白い軌跡を目で追いながら不愉快そうに眉をひそめた。

 「そうやって…… 笑っているだけで何になる?」
「そうやって、何もかもに悲観的になって何になるの? 私達には何一つとして助言することも、触れることすらも出来ないのというのに……」
「……」
「私はね、愚かな所も、素晴らしい所も引っくるめて人間達が好きなだけ。だって、 人間達を見ていると飽きないんですもの。同じ過ちを何度も何度も繰り返す玩具のような人間達が、ね」
「数ある種からわざわざ選ばれて与えられた知恵や技術、もっと有効に使えばいいものを……」
「そうね。もう少し考えて使ってくれればいいのにね…… でも、それでもね、ほんの少しづつだけれど人間達は進化してきているわよ」
「しかし、もう遅い。時間切れだ。既に滅びのカウントダウンは始まってしまった…… もう誰にも止められはしない」
 
 青年が苦虫を潰したような声で呟いた。

 「誰かさんはもう一度、禁忌を犯してチャンスを与えてあげないのかしら?」
「……」

 少女は探るように悪戯っぽく微笑みながら青年の瞳を覗き込んだ。
それは無邪気という名の、冷たさを微かに含んだ柔らかい微笑だった。

 しかし、青年は何一つ答えることはなく、少女を無視して摩天楼に見入っていた。少女はそんな青年を軽く笑うと、おもむろにその黒い肩に手を回して頬にキスした。少女は大きな月を背に、摩天楼の星屑を足下に従え、軽やかに舞い踊りながら甘く可憐な声で歌い始めた。


 今の現実は、かつては笑われるだけだった夢の産物
 誰に笑われても止められないのは、そんな愚かな夢
 暗闇の未来を支配するのは君
 君が創るは、愚かで狂わしい暗闇の現実
 次なる時代の支配者は誰?


 二人の影が消えてしまっても、月と摩天楼は素知らぬ顔でお互いを煌々と照らし合うだけだった。それは彼らの光の許で眠る者達を現実から隔離する機械
(システム)のように実に味気のない無機質な光だった。



挿絵 /Silvia様


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