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 「Do it」
 「ほら、もうシャンパンが回ったのか?」
「そんなこと、ないもん」
「嘘だ。顔が赤いぞ」
「赤くないわよ。だったら、あなただって赤いわよ」
「まさか、お前とは違うよ」
「いいえ、いいえ! 赤い、赤いわよーだ!」
「お前、やっぱり酔ってんのな? ん?」
「酔ってなんかないよぉーだ!」

 いつの間にか小雨が雪に変わり始めていた。

 俺達は瀟洒な造りのレストランを出て、小雪の降りしきる中を並んで歩き出した。 店は表通りから少し入った所にあり、街灯が並ぶ通りには俺達以外に人影はない。

 「あそこの角の店先に飾ってあったオルゴール、綺麗だったよね。あれ、もう一度見に行こうよ。ね、いいでしょう?」

 あいつは俺のマフラーを犬の鎖よろしく、引きながら声を上げて歩き出した。

 「あ…… あれぇ……?」
「残念でした。もう閉店でした」
「い、いいわよ! 私、こうして眺めるだけで充分なんだもの」
「明かりも落とされてますよ、お嬢さん?」
「……」

 連れてこられた店は閉店しており、ショーウィンドウの明かりすら落とされていた。なのに、あいつは諦めきれない顔でウィンドウにへばりついている。

 「もういいだろう? また別の日にゆっくりと来ような」
「ほら、あれよ! あれ! 私がさっき言っていたのは……」
「……どれ?」
「下から二番目の右から……」

 あいつの言葉を遮ったのは俺。

 あいつはきょとん、と目を丸くして惚けたように俺の顔を見返した後、あたふたと 赤くなりながら視線を逸らした。

 「な…… 何よ。こんな所で! デリカシーないわね」
「たまにはこういうのも映画みたいでいいだろ?」
「馬鹿」

 ぷっと横を向いた弾みで見えた髪の下の耳はそこはかとなく赤く色付いていた。 あいつは横目で俺を一睨みすると、そのまま怒ったように歩き出した。

 「おい、待てよ」

 慌てて伸ばした手はあいつの髪留めに引っ掛かり、留めを失った長い髪がふわ、と広がった。

 「もうっ! 何するのよ」
「……悪い。で、これ、どうやって着けるんだ?」
「もういいよ。取れちゃったものは仕方ないわ」

 あいつは笑いながら髪留めをポケットに入れ、さっと両手で髪を掻き揚げた。   ふわん、と広がった髪が小雪の中に舞う様に、俺の目は釘付けになっていた。

 「どう? たまには感じが変わっていいでしょ? 綺麗?」
「ははは」
「何よ…… 普通はこっちが言う前に、そっちが言うべきでしょう?」
「ごめん、ごめん。綺麗だよ。あんまり綺麗なんで咄嗟に言葉が出なかった」
「今頃言っても、白々しいだけね」
「ああ言えばこう言う…… 我侭な奴だなぁ」
「ふふ。それはお互い様でしょう?」

 俺達は顔を見合わせてひとしきり笑い合うと、腕を組んで歩き出した。
小雪の舞う町は人が溢れ、とても賑やかだった。


 「……あら? もうこんな時間?」

 シンデレラの帰宅を知らせる軽やかなメロディーが通りに流れ、道行く人々はその足を止めて頭上を見上げ始めた。この広場の時計はオルゴールのメロディと共に機械仕掛けの人形が踊る名物時計だ。踊る人形達を見上げているあいつの髪に、ぼたん雪が舞い降りて輝いていた。

 「しまったっ! 俺、ビデオの予約してくるのを忘れた」
「馬鹿ね。それ、何時から?」
「一時。今から急いでお前を送って帰ってもギリギリ。下手すれば、間に合わない」
「仕方のない人ね…… いいわよ。私、タクシーで帰るから」
「埋め合わせは…… また今度、絶対にするから」
「ふふ、あまり期待しないで待ってるわ」

 タクシーを拾うために俺は慌てて車道へと出た。

 しかし、この宴会シーズン真っ只中ではそう簡単に捕まる筈はない。どの車もほろ酔い顔のサラリーマンで占められている。俺が悪態をつきながら振り返ると、あいつはこれ以上は耐え切れません、といった表情で弾かれたように笑い出した。

 「方向が逆よ」

 いつの間にか街はうっすらと白く雪化粧を施していた。俺達の間に、肩に、髪にと銀のかけらが一瞬の白い飾りを作っては、きらめきながら消え去って行った。

 「今夜、泊まりなよ」
「え……?」

今夜は泊まりなよ Woo My Girl
「さよなら」言う度に苦しくなる
返事が"yes"なら Darling Girl
何も言わないで目を見詰めて

  「ねえ、お母さんには何て言ったらいいかな?」
「時計が遅れてて、終電に間に合わなかったとでも言えば?」

 あいつはくすり、と笑い、反対側の耳を片手で押さえるようにしながら話し始めた。



街中の灯りが Woo My Girl
僕らの行方を祝福してる
返事が"yes"なら Darling Girl
時計の針を少し遅らせて






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