「たんぽぽの告白」
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【pixiv投稿品 目次】

あとがき  イメージ曲




 「ビアンカ。やっと見付けた。なんで外にいるんだよ」
「だって、こんなに良いお天気なんですもの。部屋に籠もってたら勿体な……
リュカ。どうしたの? 随分と浮かない顔ね」
「あ…… うん」

 呼び掛けに振り返ったビアンカはその青い目を細めた。その先には優しくて不思議な黒い瞳の青年が佇んでいた。膝を抱えて座っていたビアンカが自身の隣をぱんぱんと叩くと、青年はそこにどかっと音高く腰を落とす。その背中は心なしか丸い。

 「そうよね、どちらを選ぶのか迷っちゃうわね。あそこのご姉妹、どちらもとても綺麗で素敵な方々ですものねぇ。私だって迷うわ」

 ビアンカはそう言って空を見上げた。爽やかな風がその金糸の前髪を
揺らして通り過ぎる。

 「あはは。私、良い具合に巻き込まれちゃったわよね。ご姉妹のどちらか
片方だったら後でしこりが残るけど、私を混ぜて確率を上げれば傷は少しだけ浅くなるものね。さすがカジノを経営してるだけあって計算高い御仁だわ」

 ビアンカは手近にあったタンポポの綿毛を摘み取り、一気に吹き飛ばした。それらは青い空に散り散りになって消えて行った。

 「子供の頃はこうやって遊んだよね?」
「うん」

 二人が座するは一面に黄色いタンポポが咲く丘の上だった。その眼下には
サラボナの町が広がっている。

 「で? どちらを選ぶのか決まったの?」
「ビアンカがそれを訊ねるの?」
「お姉ちゃんとしては心配だもの。それを見届けてから帰らないとね」

 続けて綿毛を吹きながら他人事のように話すビアンカの横顔に、リュカは
不満げに鼻を鳴らす。

 「僕の候補はあの姉妹だけじゃなくて、君を含めて三人だろ?」
「馬鹿ねぇ…… 実はまだお嫁に出す気は無かったなんて言えないし、
片方がそれで行きそびれたなんてことになったら世間体が悪いでしょ?
たまたま私が一緒にいたもんだから、あの幼馴染みの人も選ばれなかったし、と当て馬に混ぜ込まれただけなのよ。私は元々関係ない部外者……」
「それでもっ!」
「リュカ? どうしたって言うのよ?」

 突然の大声に驚いたビアンカが肩を竦めた。その目を見たリュカは急に
空気の抜けた風船のように力無く項垂れた。そして、無言で周りに咲いているタンポポの花を次々と手折り始めた。

 「あのね、僕は…… 僕はね、父さんの遺言で天空の盾が必要なんだ」
「そうね」
「だから、炎のリングも手に入れた。人に大怪我をさせてまでね……」
「それは…… あなただけが悪いんじゃないでしょ?」
「水のリングの件のみならず、ビアンカまでも傷付けるような真似になって」

 リュカは不機嫌そうにタンポポの花を摘み取っていく。その荒っぽい子供の仕草にビアンカが苦笑を零す。

 「馬鹿ねぇ…… 誰が傷付いたって?」
「いや、その…… そういう訳じゃ…… お礼も何も出来てないし」
「私は報酬が目当てであなたの手伝いをした訳じゃないわよ。お陰でこんな
賑やかな町に来られたし、豪華なお部屋にも寝泊まりさせてもらってる。
あの山奥に引き籠もったままで一生を終えたっておかしくなかった私なのよ。とても良い経験と思い出をもらったわ。洞窟の冒険もなかなか楽しかったし。ありがとね」

 ビアンカのにっぱりとした笑顔を食い入るように見詰めた後、リュカは溜息混じりに呟いた。

 「僕はね…… 人を物みたいに扱うのは嫌なんだよ。僕自身、物と同じに
扱われてきたからね」
「でも、今のそれとこれとは話が違うでしょ?」
「いいや、同じことを僕はしようとしているのかもしれない」
「私にはあなたの言っている意味がよく分からないわ」

 ビアンカが首を傾げると、リュカはその黒い瞳に一抹の苛立ちを浮かべた。

 「僕は天空の盾のために結婚するのは失礼なんじゃないかと思うんだ。
それって、盾のおまけを選んでるのと同じ気がする」
「でもね、私はあなたを出迎えたご姉妹の表情には嘘はなかったと思うの。
どちらもあなたの帰りを心待ちにしていたわ。女の勘に狂いはないわよ」

 ビアンカの執り成しにもリュカは頑なな態度を崩そうとはしない。

 「じゃあ、リュカは結局はどうしたいの? 思わせぶりにぐたぐたしてても
仕方がないでしょ? 何が不満なの?」
「このリング達と引き替えに天空の盾だけ欲しい」
「はぁあ? 何を言ってるの、あなたは!」

 ビアンカが素っ頓狂な声を上げ、リュカの顔を覗き込んだ。

 「このリングがあれば幸せになれるんだろ? 僕は幸せはいらない。これであの姉妹は幸せになればいい。僕と結婚したら今までの優雅な生活とは反対の厳しい旅の生活が始まるんだ。そんな天と地もある生活って幸せかな?」
「お嬢様方には最初は厳しいかもしれないけど、そういうのって意外と慣れるものなのよ。好きな人と一緒ならね。大丈夫よ、心配は要らないわ」

 結婚に対する不満ではなく、これから先の心配だと了解したビアンカは
ほっとしたように微笑みつつ、広い背中を肩をぽんぽんと撫で上げた。

 「ビアンカは?」
「私?」

 ふいに手首を捕られ、ビアンカの動きが凍った。ぐっと覗き込んできた黒い瞳には見たこともない強い光が宿っている。何かを探り、暴き出そうとする
ような視線にビアンカは慌てて顔を逸らす。

 「ビアンカは生活が変わるのって嫌い?」
「わ…… 私がどうしたって言うのよ? そうねぇ、私はあなたの結婚式を
見届けて、お父さんの待つ山へ帰るだけだもの。昔も今も、これからも変化はないわ。だからぁ、今は私は関係ないでしょ? 自分のことを考えなさい」

 ビアンカは腕を捕る手を笑って振り解き、その意匠返しとばかりにリュカの頭を幼子にするように撫で回した。

 「ビアンカ、僕と一緒に来て」
「え? 何を突然に…… ああ、一人で皆様の前へ行くのは勇気がいるわね。仕方がないなぁ、いつまで経っても子供なんだから」
「違う。僕の言ってる意味はそんなんじゃない」

 ビアンカの茶化しをリュカはきっぱりと首を振って斬り捨てた。そして、
ビアンカを正面から見据える視線は真摯な色を湛えていた。

 「僕と一緒に生きて。僕が奴隷として落とされていた間、ずっと会いたいと願っていたのは君なんだ。まだ見ぬ誰かさんなんかじゃない。君にもう一度
会えるのならばと思って耐えたことは一度や二度じゃないんだ」
「リュカ……」
「真っ先に会いに行ったけど、君はもういなくて…… その時、どれだけ
がっかりしたか分かる? そして、再会出来てどれだけ嬉しかったか分かる?
僕は君が好きだ。君以外は何もいらない」
「駄目よっ! パパスおじさまの願いはどうなるの? あなたの使命は?
私如きでそれらを全てふいにするつもり? そんなの、私は全然嬉しくない」

 リュカの真っ直ぐな視線と言葉に耐え切れなくなったビアンカは両手で顔を覆った。この先は聞きたくないとばかりに身を力無く揺する。リュカはそんなビアンカに構うことなく言葉を続ける。

 「僕はいつか現れる勇者を探しつつ、天空の一式を集めなきゃいけない」
「そうよ。だから……」
「でも、盾のひとつ位、いいかなって。居場所は突き止めたんだから、伝説の勇者が自分で貰い受けに行っても良いんじゃないかなって。それまでルドマンさん達に預かってもらっておけばいいんじゃないかなって」
「リュカ、あなた…… そんな子供染みた我が侭を言わないで。お願いよ」

 ビアンカの声に悲痛な涙が混じる。

 「厄介な宿命を背負う僕の、これが最初で最後の我が侭」
「我が侭って…… そんな簡単に片付けられる話じゃないでしょう?」
「君との思い出があったから耐えられた。これからは君と一緒ならば、どんな困難だって立ち向かって行ける。乗り越えて行ける。僕には君が必要なんだ。だから……」

 リュカは一旦言葉を切り、呼吸を整えた後に晴れやかに言い放った。

 「僕と結婚して下さい」

 顔を上げたビアンカの視界には、差し出された黄色いタンポポの花束と
リュカの心からの笑顔が広がっていた。




 挿絵 /ミサキ様

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