「女の子ですから」
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【pixiv投稿品 目次】

あとがき  イメージ曲




 「勇者ちゃん、姫様! こっちおいでー! 髪を結ってあげるー」
「勇者ちゃん、姫様。いらっしゃいな」

 美しき姉妹の招きに、子犬と子猫のような少女達が駆けてきた。

 「え? なあに?」
「マーニャ姐さん、ミネア姉様。お呼びですか?」
「呼んだ、呼んだ。二人共、ちょっとこっちにお座りよ」
「?」

 きょとんとする少女達の鼻先でマーニャは小瓶を楽しげに揺らした。

 「さっきトルネコのおじさんが商売してた商隊の方にね、もらったんだ」
「それは何?」
「ヘアオイルよ。これ、結構な上等品よ」
「へええ……」
「ここしばらくは強行軍続きだったでしょう? 良い機会だからみんなで髪のお手入れと洒落込みましょ?」

 今ひとつピンと来ていない翠髪の少女にマーニャはウィンクを飛ばし、
ミネアはアリーナに微笑みかけた。

 「一国の姫様にしたら、はした品かもしれませんけどね」
「ううん。私、あまり髪の手入れなんてしたことなくて、よく分かんない」

 アリーナの言葉に一同が一瞬でぴきん、と凍った。

 「え……?」
「嘘ぉ? 冗談でしょお? いゃあねぇ〜」
「アリーナはいつも綺麗にしてるじゃない。その色艶は普段からのお手入れがないと出ないものだと思うんだけど?」

 一同の驚愕に戸惑いつつ、アリーナは髪をくるくると指に絡めた。

 「昔からクリフトが……」

 続いてぽそぽそと漏れ出てきた名に、一同は納得の溜息と肩を落とす。

 「ただの朴念仁かと思ったら! あのぼーとした顔は表の顔だったのねっ!
何気にちゃっかりと美味しい所を持って行ってんじゃないのよっ!」
「頭の良い方ですから、姫様に合う方法を色々考えてるんでしょうね」
「じゃあさ、時々複雑に髪を結い上げてるあれも? クリフトが?」
「ええ。暑くなる日とか、朝に余裕がある日にはやってくれてるわよ」

 じいさんはその辺の所は突っ込み無しかよ、と姉妹達が地団駄を踏む。
事の成り行きに付いて行けずにきょとんとするアリーナの肩に勇者はぽん、と
手を掛けた。

 「うん、今だから言うけどさ。私、初めてアリーナに会った時、男の子かと
思ったんだよね」
「え?」
「あの時のアリーナ、髪を編み込みにして帽子の中に収めてたでしょ?
そして、あの見事な格闘技…… すっごく強い美少年が現れたと思った」
「え? ええーっ! 嘘ぉ〜 ひどーい!」

 アリーナの憤慨ぶりに勇者は弾かれたように笑い出した。

 「クリフトさんにしてみれば、その方が心配の種が減る訳ですし」
「大事、大事なお姫さんに集ってくる小虫は少しでも減らしたいもんねぇ? でも、姫様に敵う男なんてそうそう居ないから心配ないのにねぇ〜」
「私……」
「そんな顔しなさんなって! 悪いことじゃないのよ、羨ましいなって話よ」
「でも、今日の姫様の御髪は私達に貸していただきましょうね」

 ミネアは優しく微笑み、唇を尖らすアリーナと未だに笑い転げる勇者の肩を押して座らせた。

 「アリーナの髪って本当に綺麗よね」
「赤毛だけどね。お母様のように見事な白金の髪だったら良かったんだけど、
私はお父様に似ちゃった」

 隣で髪を梳かれるアリーナの髪を勇者が賞賛する。

 「アリーナの髪はカーネリアンの赤みたいよね。角度によってオレンジに
映えたり、黄色や茶色にも見える。不思議な色よね」
「そう、かな? ありがと、勇者ちゃん。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「マーニャ姐さん、ミネア姉様はアメジストの滝ね。瞳はトパーズ。そして、女の目から見ても溜息が出ちゃうそのお身体ったら…… ねぇ?」

 少女達が揃って羨望の溜息を吐くと、マーニャは手首のブレスレット達を
じゃらじゃら振り回しながら笑った。

 「これでも二人共に見てくれが商売だからね。髪だけじゃなくて、色々と
陰では気は遣ってるのよぉ」
「マーニャ姐さんは当然としても、ミネア姉様が?」
「姉さんは踊り子の派手な衣装と、どぎつい化粧で何とでも誤魔化せるけど、
私は信用第一の占い師ですもの。身だしなみはしっかり整えておかねば。
見てが綺麗な者の言葉と、不潔な者の言葉とではどちらを信用するかしら?」
「ふーんだ。占い師なんて、口八丁の詐欺師と紙一重じゃないのさ」
「んまっ!」

 バチバチと飛び散る火花に少女達は苦笑を零す。

 「まあまあ…… お二人とも」
「その点、私なんて良い所なんてないし。この髪もくるっくるの癖っ毛で、
ブロッコリーかアスパラガスの葉っぱみたい。みんなみたいに指を入れたら
すーっと通るような髪質が良かったなぁ」
「どこのどいつよ、人様の髪を野菜なんかに例えた奴わっ!」

 勇者の溜息を吹き飛ばす勢いでマーニャが声高く吠える。

 「勇者ちゃんの髪はアベンチュリンじゃないかしら? 柔らかくてきらきらした緑色ですもん。ふんわりとした感じが可愛らしくて羨ましいわ」
「わ、私が可愛い?」
「うん。それともなあに? 今まで勇者ちゃんのことを可愛いと言ってくれる人はいなかった訳? 見る目ない人ばっかりだったのね。ひどいわ」

 アリーナの言葉に勇者の瞳にふと翳りが射した。

 「いなかった訳じゃないけど…… もういないから」
「え? あっ…… こめんなさい、勇者ちゃん。私……」
「ううん。こっちこそ、ごめん。気にしないで」

 訪れた気まずい空気を払ったのは、陽気なマーニャの声。

 「前にいたのならば、これからあんたに可愛いと言うのは私達のお役って
ことよね。さあ、横を向かずに前を向いて」
「マーニャ姐さん、私は可愛くなんか……」

 連続しての可愛いという言葉に照れる勇者の耳元に頬を寄せ、マーニャは
妖艶に囁いた。

 「じたばたしないの。あんたはね、自分が思っているより素地は良いのよ。
ちょっと手を掛けたら、そんじょそこらの男は放っておかなくなるから。
ここはひとつ、マーニャ姐さんに任せなさい」
「えっ……」

 勇者は陽気な鼻歌交じりに髪を梳かす手に大人しく身を委ねた。これ以上
抗うことはきっと徒労に終わる。戦闘よりもこっちの方が怖い。

 「そうねぇ…… 姫様の三つ編みを下げた姿って見たことないわよねぇ?
帽子のこともあって、この際は高い位置でのツインテールも悪くないかな? ああん、悩むわねぇ〜 さぁて、どうしようかしらぁ〜 うふふ、楽しい〜」
「えっ? ちょっと、ミネア姉様? なんかいつもと雰囲気が違いますよ!」

 アリーナの方もミネアのうっとりとした物言いに勝てずに、すぐに口を
噤んでしまった。

 やがて、横目で交わし合う目には仕方がないよねぇ、という言葉が苦笑と
共に浮かんでいた。




 挿絵 /潮宮こまき様

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