「黄金色の朝に/ YELLOW」 (kz様「Yellow」より)
Home DQSSTOP SSTOP. 



 「ムーンブルク王女、椿(つばき)様は生きておられますよ」
「本当に、本当なんですね?」
「本当です。ただ、落ち延びる際に姿を変える必要がありまして……」
「何にです?」
「犬です」
「いぬぅ?」

 素っ頓狂な声が少年達から上がった。一方は黒髪青瞳の凛々しい少年で、
その片割れは金髪緑瞳の穏やかな感じのする少年だった。

 「で、椿は今どこに?」
「それは分かりません」
「そんなぁ、無責任な……」
「とは申されますが、私達も色々とギリギリの状態で必死だったんです」
「王宮付きの魔術師にしては、余りにも無責任すぎるぞっ!」
「まあまあ、榎(えのき)。ここは落ち着いて……」
「柊(ひいらぎ)は呑気すぎるっ!」

 青瞳に剣呑な光を滾ぎらせる榎を宥めた柊は、金の前髪を揺らして話の
続きを目配せで催促をする。その先には銀髪と翠の瞳の背の高い青年がいた。

 「貴方が椿に術を施したのですか?」
「はい」
「術者が無事で、肝心の椿が行方知れずとは皮肉な話だよな?」
「ですよねー」

 榎がギスギスと鼻息荒く吐き捨てた。が、青年はそれに臆することもなく
へらっ、とおどけて肩を竦めて笑うばかり。

 「って! 貴様っ! 国難を他人事みたいに笑う奴があるかっ!」
「ああ、失礼致しました。ロトの血筋はぽややんか、短気かの両極端で困り
ますよねぇ〜 どうして程好い所で交じり合わないのか不思議ですよねぇ」
「だからっ! 叩っ斬るぞっ! ふっざけんなっ! いい加減にしろっ!」

 飄々とした物言いと、そのふざけた態度に榎が切れた。そんな榎の眼前に
青年が手のひらを翳し上げる。唐突に塞がれた視界と、自然な一挙動に榎は
小さく息を呑む。剣技の天才と称される自分が、このへらへらと隙だらけの
青年の所作を見切れなかったのだ。驚愕と困惑とで身を強張らす榎のことを
意に介すことなく、青年はもう片方の手を二人に差し出していた。そこには
小さな女物の手鏡がひとつ。

 「これで王女の術は解けますよ」
「これで?」
「この鏡は人の真実の姿を映し出します。犬に姿を変えられた王女はこれで
元の姿に戻ることが出来ます」
「これが……」
「どうぞお取り下さい」

 柊が手鏡を大事そうに受け取った。二人は揃ってそれを覗き込んだが、別段変わらぬ少年達の顔しか映り込んではいない。

 「ただの鏡、だよな?」
「うん」
「じゃ、そういうことで。私はこの辺で失礼させていただきますね」
「ちょっ…… これって一体? そんな、何て無責任なっ!」
「おい、待てよっ! 逃げるのかよっ?」

 銀髪の青年は呼び止めに応じることなく、気取ったようにこめかみに指を
添えて空気に溶けるようにして姿を消して行った。後に残るは、唖然と立ち
尽くす少年達のみ。

 「……何て奴だっ! 無責任極まりないっ!」
「どうしようか?」
「どうするって言っても…… 椿を見付け出すしかないだろうがっ!」
「だよねぇ…… 今は情報が手に入っただけでも良しとすべき、かな?」
「……で? この町だけで犬は何匹いるんだよ?」
「さあ?」
「犬の特徴とかも無しかよっ! あの野郎、ふっざけんなーっ!」
「でも、考えようによれば、しらみ潰しに探せば椿は必ず見付かるんだよ。
これって、すごい一歩なんじゃない?」
「お前、幸せな位に前向きだよなー」

 榎がげんなりと頭を抱える傍で、柊は感慨深げに手鏡を覗き込んでいた。
それは縁に繊細な細工が施された美しい代物だった。

 「しかし、お前達の婚約から一ヶ月と経っていないだなんて……」
「うん…… 婚約の相談をまとめて、正式発表の予定を擦り合わせるために
ちょっと帰国したその間にだなんて……ね。間が悪すぎるよ」
「幸せの終わりなんて呆気ないもんだよなぁ」

 榎が悔しそうに足元の小石を蹴り上げると、柊は激しく頭を振った。

 「終わりなんかじゃないっ! 榎がそんな馬鹿、言わないでよ」
「ああ、悪ぃ…… ごめん」
「あの笑顔を取り戻すためならば、僕は何があっても諦めないよ」

 柊は微笑んでいた。その酷オの力強い奥の光を目の当たりにした榎は、
降参とばかりに肩を竦めながら両手を天に向ける。

 「強いな、柊は…… 俺はそんな風に人を気遣って笑えない」
「僕は全然強くなんかないさ…… 榎みたいな剣技もないし、魔法も弱い。
信じることだけが僕に出来ることだからね」

 笑顔の下の本当の苦悶を嗅ぎ取った榎は、それ以上は何も言わなかった。




 「……いつになったら、椿は見付かるんだぁ? どこに行ったんだよぉ」
「うん…… どこだろうねぇ」
「この町にはいないとか? だったら、どこを探せばいいんだよ?」
「さぁ……」

 二人は宿屋の中庭のベンチに腰掛け、疲労困憊の態で鏡を見詰めていた。
この数週間、町の犬という犬に鏡を翳し回ったが全て徒労に終わっていた。
夜更けの風はそんな二人を労うかのように涼しく吹き過ぎて行く。

 「何も反応しないのか? 壊れてるんじゃないのか? あの銀色の人の言うことは正しかったのか? もしかして、椿は……」

 自棄っぱち気味で零した榎は慌てて口元に手をやり、隣を横目で伺った。
柊はそんな榎を非難する訳でもなく曖昧に微笑んでいる。榎はがっくりと首を垂れ落とした。

 「魔法を扱えるお前が、婚約者のお前が一番辛いんだよなぁ。ほんと、考え無しなことばっかり言ってごめん。俺は配慮が足りないよなぁ……」
「大丈夫、そういうのは気にしないで。僕も本音を隠して気を遣われるより、嫌なことも腹を割ってずけずけと話してもらえる方が嬉しいからさ」
「すまん」
「榎はしおらしく謝るより、ガーガーと遠慮無しに喚いている方がいいよ」
「それって誉めてんのか、貶してるのか分からないぞ?」
「勿論、誉め言葉だってば」

 榎が足元に落とした苦笑を踏み潰した横で、柊は今までと打って変わった
強い光をその瞳に宿していた。

 「願いが叶うその時まで…… 僕の方から終止符を打つつもりはないよ。
絶対に彼女を思い出になんてさせやしない。僕は絶対に諦めない」
「本当に強いよなぁ、お前って奴は……」
「そんなことないよ。僕は君のいない陰でこっそりと泣いてばっかりさ」
「はは…… それは初耳だ」

 柊の告白に榎はおどけて笑い返す。

 「僕はね、君がこうやっていつでも傍に居てくれるから…… 辛うじて
正気を保っていられるんだよ? ありがとう。感謝してる」
「こんな魔力の欠片もない、椿王女探索の役にも立ってない俺がかよ?」
「魔力だけがこの世の全てじゃないんだよ? その心根の優しさと強さに僕はすごく救われてるって言ってるんだよ」
「恥ずかしいことをしれっ、と口に出来るよな、おい!」
「はは…… 何でだろうね。今晩はすごく気分がいい」

 柄にもなく照れる榎を横目に、柊は大きく伸びをしつつ夜空を見上げた。

 「今日は随分と星が流れる夜だね…… 光のシャワーみたいだ」
「ああ、本当だな。綺麗だ」
「この流れ星達を椿も見ていてくれればいいんだけど」
「俺達に早く迎えに来い、と恨み言を願い掛けてるかもしれないな」
「椿はそんなに性悪じゃないよ」

 二人が流星を見上げながらくすくすと笑い合っていると、柊の胸元が急に
輝き出した。柊が取り出した鏡は、満月の光のような美しい青銀の輝きを
放っている。

 「え? 鏡…… 光ってる? 今までこんな事なかったのに」
「どういうことだ? お、おいっ! 待てよっ! どこに行くんだよっ!」

 そんな鏡を覗き込んでいた柊が突然、中庭を駆け抜けて行ってしまった。
その後を慌てふためいて榎が追う。



 星降る夜の街を二人は走っていた。理由は分からない。こっちだと身体と
心の奥底からの声が囁き誘うのだ。やがて、そんな二人が足を止めたのは、
とある美しい噴水の前。

 「ごきげんよう。こんばんは、ロトの末裔方」
「あ、貴方は……」
「ようやく鏡に魔力が満ちたようですね」

 椿の生存報告と鏡をもたらした銀色の青年が噴水の縁に腰掛けていた。

 「は? あ、これ? これって…… 魔力が満ちたって?」
「それは元々、椿王女愛用の手鏡だったんですよ」
「椿の?」
「魔法の鏡じゃなかったのか?」
「はい」

 二人の呆然とした呟きを受け、銀色の青年は極上の笑みを浮かべる。その
どこか気に障る笑みにいらつきを覚えつつ、榎が半眼で低く唸る。

 「説明してもらおうか?」
「その鏡には希望の魔力を集めるよう、私が細工を施しました」
「希望の魔力? そんな魔力があるんですか? 聞いたことがありません」

 柊が鏡を手に驚きの声を上げると、銀色の青年はにこっ、と微笑んだ。

 「ただの例え話です。竜の姫君がそう呼び習わしているのでつい……」
「竜?」
「ムーンブルクは月に…… 竜に愛された国ですからね」

 青年は笑みを絶やすことなく、疑問符に塗れた二人に話し続ける。

 「私は竜の女王の命を受け、王女の安全を図ってきました」
「貴方は最初から椿の居場所を知っていたんですか?」
「はい」
「お前っ! 何、ふざけんだよっ! 俺達が今までどんな思いでっ!」
「彼女はどこにっ?」
「ここです」

 一気に気色ばんで詰め寄ってきた二人を片手で制し、青年はその翠の瞳を
膝の上へと流す。そこには一匹の茶色の子犬が丸まって眠っていた。

 「王女の意識は、この子犬の奥底で眠っています」
「ど、どうやったら…… 目覚めさせられるんです?」
「魔力が満ちたその鏡に王女の姿が映れば、封印は簡単に解けますよ」
「……」
「あなた方が王女のことを諦めないのならば、この世界の滅亡も諦めないと
ロト達は希望を託されました」
「俺達はロトに試されていたのか?」
「はい」

 青年が口にしたロトの名に榎がぐぐっ、と口許を引き締める。榎のロトに
対する憧れは生半可ではない。

 「その鏡はあなた方の言葉と行動をずっと映していました。あなた方が紡ぎ出す不屈の言葉と、前向きな行動が合わさって希望の魔力を生み出すという
細工が施されていたのですよ」
「……」
「今晩は沢山の希望が飛び交う魔力の強い夜です。正直、次の流星群の夜まで待つと高を括っていたのですが…… ロトの血筋は予想を外すのがお上手で」

 青年は子犬を大事そうに抱き上げ、二人に向かって差し出した。

 「さあ、もうすぐ夜が明けますよ。早く試してごらんなさい」
「えっ? ああ、はい…… 柊、鏡を……」
「う、うん……」

 子犬を石畳の上に降ろし、二人は恐る恐る輝き続けている鏡を翳した。溢れ出た銀色の光が鏡面から水のように溢れ出し、空から落ちてきた金色の光と
合わさって眩しく炸裂した。やがて、目を開けた二人の前には緩やかに波打つ紫の髪の少女が座っていた。

 「あら……」
「椿ーっ! 良かったっ! 良かった、本当に…… 本当にっ! また会う
ことが出来て嬉しいよ! ごめんね、遅くなって…… 辛かっただろう?」

 紫の少女の身体をきつく抱き締めながら、柊は声を上げて泣き始めた。
そんな肩と背中を優しくあやす椿は、優しい微笑みを浮かべている。

 「柊。ほら、もう泣かないで? 私はここにいるわ」
「うん。本当に良かった…… 本当に、よく無事で……」
「ありがとう、柊」

 椿は泣き止まない柊の金色の髪を撫ぜつつ、傍らの榎を見上げて笑った。
それは以前と変わらない、榎もよく知った花の笑顔だった。

 「ありがとう、榎。あなただけは柊と一緒にいてくれる信じてた」
「いや…… 俺はこいつに引きずられて来たようなもんだよ。俺は色々と
愚痴ったり、諦めかけたりと情けないことばっかりやらかしてたしな」
「ううん。柊は一人じゃ駄目なのよ。支えになったり、護る者がいないと
本当に頼りない人なのよ。こんな風にね」
「はは…… よく分かってるな。さすがは婚約者殿だ」

 銀色の青年は、三人の心からの笑顔の前に恭しく膝を折っていた。

 「さて。それでは、私はこの辺で失礼します。王女、今まで窮屈な場所で
お疲れ様でした。これから先があなた方の本当の試練の時です。全員揃って
時空の輪への帰還を心より願っております。あなた方に天帝神のご加護と
御武運があることを祈ります」
「今までありがとうございました、時司政長のエルフ殿。どうか竜の女王と
聖司政長殿によろしくお伝え下さいませ」
「確かにお伝えいたします」
「え…… エルフ?」

 椿の言葉に二人が改めて銀色の青年の出で立ちに目をやると、その美しい
銀色の髪から覗く耳の形は人間のそれではなかった。

 「うわ…… でっかい耳の人」
「全く、あなたって人は…… いつになっても同じことを繰り返す」

 柊の呟きに青年は苦笑を一つ零すと、初めて会った時と同じ気取った仕草で射し込んで来た朝日の光の中に消えて行った。

 「ありがとう、柊、榎。これからは、私も一緒に行かせてね。私達三人が
力を合わせれば、きっとどんな困難も越えて行けると思うの」
「そうだな」
「勿論! 僕達は一緒だよ。三人で一緒にこの世界を救おう」

 黄金色に輝く朝日を浴びつつ、三人は改めて決意を固めた微笑みを交し
合っていた。




 kz 「Yellow」よりイメージをいただきました

 挿絵  /サルトビリスケ様


  次への励みとなります。どうかよしなに♪ (*⌒▽⌒*)




Copyright(C) 白石妙奈 all right reserved since 2002.7.10
QLOOKアクセス解析

inserted by FC2 system