「世界で一番のお姫様 /ワールドイズマイン」


 (ryo様「ワールドイズマイン」 awk・あにま様「アナザー:ワールドイズマイン」より)

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 「お迎えに上がりました、ローラ姫様」
「……レグホーン、あなたが? あなたが伝説の勇者なの?」
「俺も知らなかったんだけどな、実はそうだったらしい。小さい頃からの夢を打ち砕いて悪かったな。憧れの伝説の勇者の生まれ変わりがただの幼馴染みの下級貴族の三男坊だなんてがっかりな話だよな」

 レグホーンが自嘲ともつかない笑みを浮かべると、ローラは亜麻色の髪を
揺らしながら俯いた。

 「……馬鹿」
「だよな。言いたくなる気持ちも分からなくはない」
「べ、別にいいわよっ! それより、早くここから連れ出してちょうだい」
「では…… お手をどうぞ、お姫様」

 恭しい仕草で差し出された手に視線を落しつつ、ローラは曖昧に微笑む。

 「あなたがそんな王子様面で跪くだなんて…… ね」
「もう昔の、無分別の子供とは違うのですよ」
「変な気分だわ」
「では、変ついでに。ちょっと失礼」
「えっ?」

 レグホーンはローラの手をぐいっ、と引き寄せ、次の瞬間には膝裏に腕を
差し回して抱き上げていた。それは俗に言うお姫様抱っこ。

 「……な、何? レグ、いきなり何するのよっ! 私は」
「むさ苦しいのは承知ですが、しばらくここで顔を伏せていて下さい」
「はぁあ? な、なんで私がそんなことっ!」

 突然のことに目を白黒させるローラに構うことなく、レグホーンは淡々と
自身の行動の理由を述べ始めた。

 「この先には俺が殺したドラゴンの死体が転がってます。一撃で急所を
仕留めた訳ではないので、辺りは血の海で壮絶な有様です。あんな光景は
お姫様には耐え難いだろうし、わざわざ見せたくもありません。その綺麗な
ドレスもあんなもので汚したくはないです」
「わ、私を誰だと思ってるの? アレフガルド王家の姫よ。平気よ!」
「そういう姫だからこそ、丁重に扱うのが臣下の心得」
「馬鹿にしないでっ!」
「これ以上ごちゃごちゃと我侭口を叩くのなら、容赦なく小突き回します。
強がるのも時と場所を考えて。それ位も理解出来ずに何がお姫様でしょう」

 青瞳を吊り上げて抗議したものの、それ以上に苛烈で冷たい視線と言葉に
ローラはたちまち口を噤む。そして、そのまま胸に押さえ付けられながら
ローラは洞窟を後にした。

 「あ…… あの、レグ? 私…… その…… 重いんじゃない?」
「別に…… これ位は鍛えてないと、今のこのご時勢は渡れませんから」
「あの、その…… 違」
「髪が乱れてるとか、服が汚れてるとか、そういうことは気にしません。昔はもっとぐしゃぐしゃで、葉っぱが絡み付いて、平民の娘同然で……」
「だ、だからっ! あの頃とは違うんだってばっ! 私はね」
「分かってます。世界で一番のお姫様ですよね」
「いい加減、もう降ろしてよっ! 危険な場所は終わったのでしょう?」
「駄目」

 きっ、と顔を上げたローラは、すぐ目前にあるレグホーンを睨み付ける。
先程からの無遠慮な言葉以上に、その顔は無愛想極まりなしで腹立たしい。

 「その華奢な靴で洞窟を歩くのはきついです。すぐにこけるのがオチ」
「な……」
「この先はおんぶ。白馬の四頭立て馬車を迎えには手配出来ませんので」
「な…… 私がそんなことも分からないとでも思ってるの? そんなに私は
馬鹿じゃないわよっ! おんぶ、って小さな子供じゃあるまいし!」
「今は無駄口は叩かずに従って下さい。追っ手が来るのも時間の問題です」
「そ、そうじゃなくてっ! 何も分かってないんだからっ! 私だってね、
やる時はちゃんと出来る子なんですっ!」

 ローラはぐいっと眼前の逞しい胸を押し退けて腕の中から逃れ降りると、
レグホーンの剣をひったくって自身のドレスの裾を切り裂き始めた。

 「折角のドレスを自分で破いてどうするんですか…… 勿体無い」
「こんなにわさわさしたドレス、動きにくいじゃない? それで追っ手に
捕まったなんて洒落にもならないわよぉ…… さてと、これでスカート位の
丈にはなったわ。これで歩く位は問題ないでしょ? 文句ある?」

 ふふんと得意げに胸を張るローラの足元には布の山が築かれていた。それを拾い上げたレグホーンは、手近の岩に座るようローラに指示した。

 「……こうやって巻いておけば靴も脱げないし、足膝への負担も少しは
マシになる筈です。少々の不恰好はドレスを破いた者の責任ということで」

 レグホーンはドレスの切れ端を包帯のように細く切り分け、ローラの足に
ぐるぐると巻き付けた。それは靴の土踏まずや踵を巻き込み、靴が脱げない
よう固定してある。更にそれらは踝から膝へと巧みに巻き上がり、足の補強を担うものともなっていた。

 「あのっ! あのっ…… ありがとう」
「ん?」

 足の具合を看て跪くつむじにローラが感謝の言を落すと、きょとんとした
レグホーンの顔が上がってきた。そんな妙な無防備さに視線を逸らしつつ、
ローラは早口で先を続ける。

 「た…… 助けに来てくれて、ありがとう。私だけの騎士になって護って
くれるって…… あの……」
「あんな子供の遊び話を覚えてましたか? まだまだ子供なんですね」
「そういうあなただって覚えてるじゃないの」
「もうお伽話を信じる年でも、そんな柄でもありませんよ。ただの子供の
頃の思い出話の一つでしかありません」
「……」
「それに、何より…… あなたの救出は勅命任務ですから」

 レグホーンは儀礼的で隙のない笑みを浮かべていた。それはローラの幼い
思い出の中にはない大人びた笑顔。

 「それだけ?」
「他に何と言えば?」
「だから、もっと…… 言い様はないの?」
「私如きに勿体無いお言葉でございます。姫君の御身が御無事で何よりで
ございました。王もきっと喜んで下さるでしょう。この先は、不肖の私が
城にまでお連れさせていただきます。どうかご安心召されますよう」
「……」
「これでいいですか?」

 紋切り型口上で返されたローラは、深い溜息をがっくりと吐く。

 「助けてもらってなんだけど…… 相変わらずムカつくわ、その態度。
融通の利かない変な堅苦しさは、昔からちっとも変わってない」
「ああ言えば、こう言う…… あなたも相変わらずの我侭ですよね」
「こっちが心から素直にお礼を言ってるのにっ! 今にみてらっしゃいっ! 
どーしてあなたはいつもそうなのよっ! 腹が立つわっ!」
「はい、はい、はい…… そんなに足を振り回すと丸見えになりますよ。
今までの裾の長いドレスじゃないんですから」
「えっ? わ…… きゃっ!」
「危ないっ!」

 キーッ、といきり立ってレグホーンの肩口をげしげしと足蹴にしていた
ローラは勢い余って後ろへとバランスを崩した。すかさずレグホーンに強く
抱き寄せられ、辛うじて転倒を免れたローラはどぎまぎと顔を赤らめる。

 「あ…… あの、あの…… レグ? 私…… 私ね……」
「ほら、言わんこっちゃない。お転婆、我侭もそろそろ大概にして下さい。
いつまでも子供のままではいられないんですよ、お姫様」
「……」
「さあ、ちゃんと立って。この先はご自分で歩かれるのでしょう?」
「子供、子供って…… いつまで経っても……」
「……?」
「馬鹿ーっ!」

 甲斐甲斐しくドレスの埃を払っていたレグホーンが視線を上げた瞬間、その頬に赤い花が炸裂する音が華々しく響き渡っていた。




 「ご夫婦ですね。それでは、ご案内させていただきます」
「え? いや、あ…… ちが」
「では、部屋へ案内していただけますか? お願いしますわ、ご主人」
「はい、奥様。直ちに」
「あ〜…… ちょっ!」

 宿帳を繰る初老の主人がレグホーンの声の揺らぎに顔を上げるより早く、
ローラは身を優雅に翻して歩き出していた。すぐさまに案内に立った主人と
並んだローラの背中をレグホーンは慌てふためいて追い掛ける。

 ドアに張り付いて宿の主人の足音に耳をそばだてていたレグホーンが鋭く
キッ、と振り返った。そして、地を這う暗鬱に塗れた重い声がそれに続く。

 「ローラ姫…… この状況、分かってます?」
「下手に離れるより安全だと思うんだけど? それが?」
「それはそうですが…… 俺と夫婦者に見られたんですよ? それに……」
「もう済んだことよ。別にいいでしょ? 一部屋だと安かったのでしょ?」
「既に過去形ですか? 本当に短絡的というか、考えが浅いというか……」

 纏っていたレグホーンの外套を壁に掛けつつ笑うローラの余裕の前に、
レグホーンはげんなりと肩を落とす。そんな様子に構うことなく、ローラは
うきうきとした声を上げた。

 「私、お風呂に入りたいわ」
「は?」
「お風呂。身体を清めたいの。ここに来るまでに随分と汚れた訳でしょ?
ドレスもこんなだし…… それに、かなり臭ってきてるんじゃないかしら? 
ここに通されるまで気付かれるんじゃないかとヒヤヒヤものだったわよ」
「ヒヤヒヤって…… 今の自分の状況より、そっちの方の心配ですか?
あなたって人は……」

 レグホーンはその場に崩れるようにして両膝と両手を着いた。緊張の糸が
切れる音とはこんな音階だったのか、と妙な感動と底知れない強い脱力感に
レグホーンは沈んだ。そんなレグホーンに全く構うことなく、ローラの話は
あれこれと勝手に続いている。

 「……でね、こんな小汚いなりの小娘がアレフガルドの姫なんて知れたら、恥ずかしくて外を出歩けやしないわ。ね、レグもそう思うでしょ?」
「……俺にとっては、そのままでも充分、他のどこの誰より可愛らしく、
世界で一番の綺麗なお姫様ですけど?」
「え?」
「ずっと最低最悪の事態を覚悟して旅をして来たから、じゃじゃ馬ローラの
我侭三昧フルコースをまた聞くことが出来て俺は嬉し……」
「えっ?」
「――っ! ああっ! いや、そのっ! 違っ!」

 レグホーンは激しい動揺を見開いた鳶色の瞳と肩で大きく弾ね上げ、それを慌てて隠すようにして口許に手を宛がって顔を背けた。が、時は既に遅く、
絡んでしまった視線は逸らせず、身動きひとつすらも取れなくなっていた。
互いの瞳はその奥と胸内を目まぐるしく探り合い、重い空気の中で見えない
何かを咎め合う。

 「ごめんっ! 今のは無しっ!」

 ほうほうの態で吐き出された一言により、凍て付いた時間が一気に溶けて
流れ出した。レグホーンは土下座をせんばかりに深く低く頭を垂れ、ローラは組んだ両の指を忙しなく絞り上げる。

 「……も、もうっ! そんなことは、どーでもいいからっ! そんな所で
ぼーっと突っ立てないで、早く宿のご主人に手配をお願いしてきてっ!」

 気まずい雰囲気を払うローラの金切り声が部屋中に響き渡り、その華奢な
指先は真っ直ぐにレグホーンの背後のドアに向かう。

 「そ、その間に動き易くて可愛い服を調達してきなさい! つ、ついでに
何か甘い物も買ってきてよねっ! 早くしてっ! もーっ! いつになっても気が利かないんだからーっ! この朴念仁っ!」
「はい、はい、はい」
「返事は一つでいいの! 馬鹿ーっ!」
「はい、はい」
「一つ減らしただけじゃないのよーっ! 馬鹿っ! いい加減にしてっ!」

 手近にあった枕をローラは力一杯投げ付け、それを躱しつつ立ち上がった
レグホーンは脱兎の如く身を翻して行ってしまった。

 とばっちりを受けたドアが上げた盛大な悲鳴に紛れ、二人が胸奥で呟いた
言葉は全く同じものだった。


 「君はほんとに何も分かってない」





 【pixiv投稿品 目次】(DQSS、オリジナル等)



 ryo様
 初音ミクがオリジナル曲を歌ってくれたよ「ワールドイズマイン」より
 awk様・あにま様
 【KAITO】アナザー:ワールドイズマイン -Band Edition-
より



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