「こっちを向いて」
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【pixiv投稿品 目次】

あとがき  イメージ曲




 「お邪魔しても良いですか?」
「クリフトさん」
「クリフト、で結構ですよ。他人行儀は無しです」

 穏やかな声掛けに顔を上げると、そこには声と同じ笑顔があった。対する
勇者の紫の瞳には警戒の色が浮かび、膝を抱える腕には僅かに力が入る。

 「これを…… うちの姫様があなたに、と」
「?」

 クリフトが差し出したのは紫色の穂状の鮮やかな花と、黄色の部分が盛り
上がったマーガレットのような小さな白い花の花束。

 「これをあなたに渡して欲しいと仰せ付かってきました」
「花を俺に?」
「花というか、花言葉ですね」
「?」
「その紫色の花はラベンダー、花言葉は『あなたを待っています』
黄色と白の花はカミツレ、花言葉は『逆境に負けないで、親交』」

 花の由来を聞かされても勇者の愁眉は開かない。反対に沈むばかり。

 「あなたの身に起こった不幸な事件は、モンバーバラ姉妹から伺いました。それで、うちの姫様はあなたと共通する部分にいたく心を痛められまして」

 クリフトの言葉に勇者は不思議そうに小首を傾げる。

 「うちの姫様も…… 父王や家族同然の城の者達を封じられています。
たまたま出掛けていた姫様と私、ブライ殿だけが残されました。その元凶は
あなたと同じです」
「……」
「姫様には私やブライ殿が従っておりますが、あなたはたった一人でここまで来られたそうですね。道中、色々と辛い目にも遭ったのではないかと」
「……」
「その所為でしょうか、こうして集った仲間の我々にもまだ充分に心を開いて下さってはいない」

 勇者が力無く顔を伏せると、クリフトはあたふたと慌てて言葉を継ぎ足す。

 「あ、いや! 私もうちの姫様も責めるつもりは毛頭もありませんからっ!
ただ、逆境に負けないで欲しい。我々を信じて欲しいと願っているだけです!
本当にそういう気持ちからで…… それは私も他の方々も同じなんですよ」

 いつもは冷静沈着な青年神官の狼狽えぶりに、勇者の肩の線が崩れる。

 「ただのがさつな、武闘派のお姫様かと思ってた。こんな繊細な気配りが
出来るとは思ってもみなかったよ」
「うちの姫様は心根はとても優しいお方なんですよ。花は亡くなったお妃様がお好きでしてね。その影響で育てるのも、愛でるのもお好きなんですよ」
「お姫様は母親がいないのか?」

 思いもしない話だったのか、勇者の身がわずかに身を乗り出した。

 「身体があまり丈夫な方ではなくて…… 早くにお亡くなりになりました。
姫様の健康を案じた王が身体を鍛えるためにと嗜ませてみた武道が……」
「徒になったってか? それは傑作だな」

 ぽんと軽快に打たれた膝の音に、クリフトは気分を害した風もなく微笑む。

 「ああ、ようやく笑ってくれましたね」
「え? あ…… いや、その」
「こりゃ、クリフトっ! 姫様を話のネタなんぞに使う奴がおるかっ!」
「ブライ殿? ああ、痛いですっ! 痛いですって! 御老公っ!」
「黙って聞いておれば、うちの姫様、うちの姫様と連呼しおってからに!
姫様はお前なんぞの私物ではないわ!」
「も、申し訳ありません」

 クリフトの後頭部を小突いて来たのは白髪白髭の老人。ブライだった。
ブライは苦笑するクリフトを押し退け、勇者の顔をぐぐっと覗き込んで来た。

 「勇者殿、ここしばらくゆっくりと眠っておられぬであろう?」
「……」
「これでも飲んで、落ち着かれて休まれると良い」

 ブライが差し出したのは、ゆったりとした香りの湯気の立つマグカップ。
それを興味津々で覗き込む横顔は、今までの頑なさの和らいだ年相応のもの。

 「……これは?」
「その花々をお茶にしたものじゃ。鎮静作用があってな、ゆっくりと眠れる。勇者殿はゆっくりと眠っておられぬから調子が出ぬのだよ」
「そうなのかな?」
「お爺ちゃん、違うわよぉ。こういう時はね、ぱぁっ、と飲み明かして憂さを晴らすのが一番なのよ〜お。勇者君、いける口なんでしょ?」
「姉さんっ! はしたないっ!」

 ブライの背後から現れたのは、褐色の美女二人。素晴らしい肢体を惜しげもなく晒した艶めかしい衣装を纏った陽気な美女が姉、マーニャ。その正反対の物静かで理知的な眼差しの楚々とした美女が妹、ミネア。

 マーニャは艶めかしく勇者にしな垂れ掛かりながらカップを取り上げた。
そして、きょとんとする勇者の片頬をしなやかな指でくつくつと突っつく。

 「勇者君。そうやって落ち込んでてもね、世の中はどうにもならないの。
そうやって下を向いてばかりじゃ幸運の女神が前に立っても気が付かないわ。
ここぞという時に女神の前髪を掴み取れるよう、いつだって身構えてないと。
それにね、幸運って陽気な人に擦り寄って来るものなの。さあ、笑いなさい。どーんと明るく、にっぱりと大胆にね。笑いなさい?」
「え…… え? いや、その…… 近……」

 マーニャは艶やかな微笑みを浮かべて勇者に顔を寄せた。その心の奥を探るような上目遣いとぽってりとした紅い唇の動きとが相まって、その色香は匂い立たんばかり。

 「もう! 姉さんは陽気すぎて幸運が逃げ出すっていつも言ってるでしょ。
勇者様も困っていらっしゃるじゃないの!」
「あんたはいつもそうやって真面目で…… 人生、つまらなくない?」

 マーニャの首根っこを掴み、子猫のように引き戻したのはミネアだった。

 「ご心配なく。私は私の道を精一杯生きてますから。つまらないことなんて何もありません。だから、勇者様を無駄に困らせないの」
「んもぉ〜 堅物って嫌ね」
「姉さんのその手の嫌味はね、世間様の言葉に直すと最大の誉め言葉なのよ」
「んまっ!」

 なんとも姦しい姉妹喧嘩のやりとりにに勇者が目を丸くする。が、その口の端にはやんわりとしたものが生まれていた。

 「勇者殿、我が輩達はあなたに導かれ従う者。どうか一人だけで悩まずに
我が輩達にも話していただけると嬉しいのですが」

 そっと勇者の肩口に添えられてきたのは無骨な手だった。視線を巡らせると
屈強な筋肉の男が微笑んでいた。身体のあちこちにある大小様々な傷跡からは
彼の真っ直ぐな男気が溢れている。歴戦の戦士、ライアンだった。

 「話し難い事柄もありましょうが、我が輩達でも力になれる事柄であれば、
遠慮なく持ち掛けて下さい。我々は労は惜しみません故に」
「そうそう、一人でうじうじしてたって何も良いことなんてないわよぉ」
「姉さんっ! そろそろお黙りっ!」
「そういうことでしたら、これを皆様でどうでしょう? ここでぱっと親睦を深める酒盛りというのも悪くない話でしょう」
「わぁお! トルネコのおじさん、話わっかるぅ〜」

 ひょいと現れたのは小太りの男。その手にした籠には酒瓶とつまみの品々。

 「先程、御老公がお茶を淹れてらっしゃる時にお話を伺いましてね。
これは、と思って引っ張り出してきたんですよ」
「さすが世界を股に掛ける大商人! 気の回し方が絶妙だわ」
「珠玉の舞姫に誉められると嬉しいものですなぁ。では、ここはおひとつ!
さあ、さあ! 楽しくやりましょう」

 トルネコの人懐っこい笑顔と軽快な物言いは、場の雰囲気を和やかなものに変えてしまっていた。

 「そうとなれば、支度よ! 兄さん達にお爺ちゃん! 動く、動く!」
「え? 私達がですか?」
「そうよぉ。それとも何? この私にしろと?」
「いや…… そんなつもりは…… ねぇ? ブライ殿? ライアン殿?」
「……うむ。まあ、のぉ……」
「ですな。麗しい女御のお達しとあれば喜んで」
「じゃあ、決まりね。早く、早く〜」



 盛り上がる一同を背にミネアは勇者の前へと跪き、その手を取った。

 「皆さんの言葉は心からの言葉です。どうか、それだけは決して疑わないで下さいね。私達はあなたのことを待っています」
「我が輩もこの剣と名にかけて。誠心誠意尽くします故に」
「うん…… ありがとう。心配掛けて、ごめん」

 俯きつつ返事を返す勇者の笑顔には、肩の力が抜けた穏やかさがあった。

 「ほらほら、姫様。そんな木の陰に隠れて一人で突っ立ってないのっ!」
「あ、あの…… えっと、その」
「そこの朴念仁っ! さっさとあんたの大事なお姫様を連れてらっしゃい!
無下に放っておくんじゃないわよぉ」
「は、はいっ!」
「全く、気が利かないんだからぁ…… ぼやぼやしてっと、どこぞの馬の骨にかっ攫われて泣いても知らないんだからね」
「姫様、こちらにどうぞ!」

 やがて、クリフトに手を引っ張られたアリーナ姫が勇者の前へと来た。
勇者は手にした花束を軽く掲げ、クリフトの陰に半分隠れて立つアリーナに
笑い掛ける。

 「お姫さん。これ、ありがとうな。俺の故郷にもよく咲いてた花だよ」
「あの……」
「これがきっかけでみんなとも話が出来た。ありがとう、元気出てきたよ」

 勇者の言葉と笑顔に、おずおずとしていたアリーナの表情が見る見る内に
輝き出した。

 「良かったぁ! クリフト、やったねっ! やったわ!」
「良かったですね、姫様」
「うん!」

 アリーナがクリフトの腕に掴まり、ぴょんぴょんと元気よく跳び跳ねる。
亜麻色の綺麗な巻き毛も同じ幅で跳ね、独特の三角帽がころりと転げ落ちた。
勇者はそれに手を伸ばし、腰を上げた。今まで鉛のように重たかった筈の
身体と心が軽く温かい。

 「はい、お姫さん。大事な帽子なんだろ?」
「ありがと、勇者君。これからもみんなで頑張ろうね! ね!」
「ああ」
「では、みんなの所へ行きましょうか」
「行こ、勇者君」

 差し出された二人の手を勇者はしっかりと掴んだ。そして、仲間達の輪の
方へと踏み出して行った。




 挿絵  /Silvia様


  次への励みになります。どうかよしなに (*⌒▽⌒*)




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