「星に願いを」
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あとがき  イメージ曲




 暗い夜だった。

 そこには月の光はおろか、一欠片の星影すらも見えはしない。ただ、ただ
陰鬱な暗闇がそこにあるだけ。焼け落ちた城壁を覆い隠す薄闇の向こうには、ぼんやりとした光が漂っていた。それは一つや二つではない。いくつもの光がふわふわと現れては消えてを繰り返し続けている。

 ムーンブルクの王城の者達が愛しい王女の帰還を出迎えているのだ。
息づく者などいない、それはあまりにも哀しい出迎え。


 「兄者っ」
「なんだい?」
「姉者の様子を見に行ってやってくれ。俺ではどうすることも出来ぬ」

 闇を掻き分けるようにして、小さな人影が僕の足元に転がり込んで来た。
仁王立ちで僕のことを見上げてくる茶色の瞳は焚き火の揺らめきを受け、
苛立ちとも悲しみともいえない複雑な表情を浮かべている。

 「姉者の心は閉ざされてしまっていて、俺の声では届かぬ。あのままでは
奴らに心が持って行かれてしまう」
「そうか…… でも、今はそっとしておいてあげようね…… 大丈夫だよ。
彼女は今は自分で自分を立て直さなければならない時なんだ。僕達ではね、
どうすることも出来ないんだよ」
「でもっ! 姉者は泣いているんだぞっ? たった一人で! それを、兄者は放っておけと言うのか? あんなに悲しそうに泣く者、俺は今まで見たことがないっ」
「うん……」
「うん、ではないであろうっ! 兄者は姉者のことが心配ではないのか?」
「心の底から心配している。でも、一人じゃないと駄目な時ってあるんだ」
「兄者の言う事、俺にはどうも難しすぎて…… 理解出来ぬ」

 悔しげに俯き、小さな肩を震わせるローレシアの王子。どんなに背伸びを
してみた所でやっと十一になったばかり。心の機微まで汲み取れというのは、この場合は酷な話か。

 僕は王子の肩に手を掛け、その瞳の高さに自分のそれを合わせた。普段は
身の丈程もある大剣を振り翳し、大人顔負けの戦闘能力で魔物達と渡り合う
勇猛な王子だった。しかし、不機嫌そうにむっつりと口を曲げ、居心地悪そげに視線を逸らす仕草は年相応の幼いもの。

 「あ、兄者は…… 姉者のこと…… 嫌いになったのか?」
「……?」
「ムーンブルクは…… 姉者の国は滅びた。姉者には何も残されていない」
「何を言い出すのかと思ったら……  君がそんな計算高い大臣達みたいな
ことを言うだなんてねぇ」
「……」
「僕は彼女が何者であろうと、何を持っていようと構わないんだよ。彼女は
彼女だ。それ以外の何者でもない」
「兄者……」
「ムーンブルク女王ではなく、サマルトリア王妃でも彼女は彼女だろう?
違うかい?」

 王子は視線だけを上げた。探るような上目遣いが、普段は影を潜めている
幼さを見事に曝け出している。僕はこみ上げて来そうになる笑いを唇の端で
押さえ付け、そんな王子のおでこに自分のそれをごつん、とぶつけた。

 「……い、い、いきなり何するんだ、兄者っ! 痛いだろっ! それに、
子供扱いするのはいい加減やめてくれと何度も言っておるであろっ!」
「はは、すまない。つい……」
「兄者、その目は全然謝っているようには見えぬぞっ!」
「そうかい? まあ、それは今は置いておいてだな。彼女がムーンブルクの
女王になることを選ぶ未来も無きにしも非ずな訳で…… まあ、その時は、
僕が国を出ればいいだけの話か……」
「そ、それは、それだけは絶対に駄目だっ! それは俺が絶対に許さぬ!」

 弾かれたように顔を上げ、王子は僕の服の袖を掴んできた。見上げくる瞳の色は真摯そのもの。

 「あいつは俺の所に、ローレシア王妃として来るっ! 俺は成人したら、
すぐにあいつを連れて行くっ! だから、あいつはサマルトリア女王になんてならない! そんなこと、この俺が絶対にさせるものかっ!」
「相変わらずの入れ込みようだねぇ…… そんなにあいつがいいのかい?
あいつは皆の前ではああだけど、とんだお転婆王女、我侭王女なんだよ」
「心配せずともそれ位、とっくに知っておる。優しいことも、泣き虫なことも全部。俺は全部ひっくるめて、あいつをあいしてるんだ」

 昂然と胸を張る幼い王子の様に、僕は堪え切れずに吹き出した。自分の胸の内をここまで臆面もなく曝け出せる幼さが正直、羨ましい。

 「兄者は姉者のこと、知らないのか? それとも…… 嫌いになったから
どうでもいいと?」
「やれやれ…… 君は今までの話の流れを全然、理解していないんだね?
勿論、愛してるよ。君達なんかよりも負けない位、ずっと長く、強くね」
「年下だからって子供扱いするなっ! 俺のこの想いの丈は、兄者達なんて
目じゃないぞっ! 馬鹿にするなっ!」

 僕の袖をぶんぶんと引き回しながら、王子は大きく声を荒げる。男の子に
対しては失礼だが、可愛い、という言葉が今の王子にぴったりだった。

 「こんな風に妹を思ってくれる奴がいるなんて、僕は幸せな兄貴だね…… うん。本当にありがたい話だよ」
「どうせ…… どうせ、俺は…… 恥かきっ子の、一人っ子だよっ!
甘やかされてきたぼんぼん王子だよっ! ごめんよっ!」
「いや、そこまでは言ってない」
「じゃあ、その馬鹿笑いは何だ?」

 王子はいつまで経っても止むに止まない僕の笑いを咎め立てるように唇を
尖らせる。そして、また上目遣いで僕を睨み上げながらぼそっ、と呟く。

 「しかし、どうせのついでならば…… 俺は姉者も自分の姉として欲しい。兄者にはちゃんと姉者を掴まえていてもらわねば、俺は心休まる暇がない」
「全く、君は…… 本当に君は欲張りな奴だなぁ……」
「充分可能なことを望んで何が悪い? 幸せになることを望んで何が悪い? それを願うのは、俺の一方的な我侭か?」
「やれやれ。そういうことならば、僕も精々気張ってみることにするかな」

 僕は膨れ切ってしまった王子の頬をぽんっ、と両手で叩き割りながら立ち
上がった。そして、きょとんと見上げてくる王子の髪を掻き混ぜる。

 「あ…… 兄者? どこに行くんだ?」
「我侭王子の仰せの通り、ちょっと傷心の姫君のところに…… ね」
「あ…… 俺も一緒に……」
「僕一人だけで充分。彼女も明日には、いつもの優しい笑顔をくれるよ。
だから、君はもうこのままお休み。明日はここを出てムーンペタに向かおう」

 僕がそう笑い掛けると、王子は弾かれたように身体全体で大きく頷いた。
僕はそんな居残り王子に肩越しに片手を挙げ、薄闇の方へと足先を向けた。




 見上げた夜空は、相変わらずの暗い色を呈している。しかし、今は小さな
星影が幾つも幾つも瞬いている。薄闇の中を光が一つ、また一つと夜空へと
ゆっくりと昇って行く。それらが空に昇って星となるのかと勘違いしそうに
なる位に不思議な光景。漂う無数の光の中、片手を高々と掲げ上げているのはムーンブルク最後の王女。そんな王女に導かれ、地を這い漂う光達が次々に
天に昇って行く。

 掛ける言葉もなく、僕はそんな光景を黙って見守るだけだった。ただ息を
潜めて見守り続けることだけが、今の僕に許された唯一の行為だった。

 音のない光の舞踏会は、いつまでも果てることなく続いた。

 やがて暗い空に僅かな青味が差してきた頃、最後の光を送リ出した王女が
ゆっくりと振り向いた。強くて儚げな微笑みが、微かな星々の光を掻き集めたようにひっそりとそこに咲いていた。

 僕は王女へと歩み寄りながら、この微笑みを明るい太陽の下で咲き綻ばせてみげたい、と心の底から願わずにはいられなかった。




 
次への励みとなりますので、どうかよしなにです。
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