「月光小夜曲」
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あとがき  イメージ曲




 つい二、三ヶ月前迄は賑わっていたこの街道も、今は見る影もなく静まり
返っている。魔物の襲撃によってムーンブルグ城が一夜にして陥落したのを
機に、各地で凶暴な魔物が暴れ狂っている。息を潜めるようにして町や村は
外壁を硬く閉ざすこのご時勢、わざわざ生命の危険を冒してまで日の暮れた
外を歩く者はいない。

 しかし、そんな中、街道脇の森から少年達の声がする。

 「ラル、早く魔法で火を起こしてくれ。こんな所で魔物達とやりあうのは
御免だ。なぁんで、日が落ちるまでに町か村に着かねぇんだ〜 なぁんで、
いつもこう計算通りにいかねぇんだよ〜 早く、早く、魔法でパッ、パッ、といってくれ〜」
「魔法は無闇に使うものじゃないよ。それよりも、体力自慢のバーツの方が
これに向いているんじゃないか。ほら、ほら、頑張って」
「自分の魔法に自信がないだけだろ? いつも魔法を出し渋ってよぉ……
ロトの末裔として恥ずかしい。体力なし、魔力なし、あるのは理論尽くめの
頭だけの子孫のことをロトは草葉の陰で泣いているだろうな」
「言ってくれる。体力ばっかで魔力と頭の中はからっきしなしの直系の子孫のことをロトは天国で号泣していることだろうさ」
「んだと! ほんの数ヶ月年上ってだけで、言いたい放題言いやがって!」

 火打ち石が荒々しく振り払われ、黒髪青瞳の少年が立ち上がった。それを
冷ややかに睨め上げるのは、同じ年頃の少年。淡い栗色の前髪の下から覗く
瞳の色は深い緑色。

 「先に突っ掛かって来たのはバーツの方だよ。それに、本当のことだろ」
「いつも、いつも、俺が庇ってやらなくちゃ魔法も唱えられない癖してよ、
偉そうにちまちま言ってんじゃねぇよっ!」
「庇ってくれ、なんて僕は一度も頼んじゃいないっ!」
「んだとっ!」

 ふら、と立ち上がった緑瞳は、ほんの少し青瞳を見下ろす位置に来た。
それを上目遣いに見やる鼻が小さく不満を鳴らすのを合図に、それぞれが、
それぞれの拳を握る。

 そんな両者の間で音高く弾けたのは両者の拳ではなく、小さな火球。

 「兄様方っ! やめて下さいませっ!」

 火球に気勢を殺がれた二人が振り返ると、そこには幼い少女の姿。
そのスミレ色の瞳には見る見る内に大粒の涙が滲み溢れ、次の一呼吸の後にはわんわんとした泣き声が辺り一面へと暴風雨の如く撒き散らされていた。

 「兄様方、喧嘩なんてしないで下さいませっ! ルーリィ、兄様方が喧嘩をする所を見るのは嫌ですっ! お願いですっ! お願いですからっ!」
「ルリシア、違うんだ。違うんだ、これは……」
「る、ルーリィ…… 俺達は喧嘩なんてしていないぜ? な? ほら……」
「そうだよ。僕達はロトの仲間だから、仲良しだから喧嘩なんてしないよ。
ただふざけていただけなんだよ。だから、泣かないで。ね?」
「本当ですね? 兄様方、そのお言葉、本当に本当ですね?」
「本当に本当。だから、泣き止んでくれ〜 頼むから泣かないでくれ〜」

 激しく泣きじゃくる亜麻色の髪を撫ぜ付けながら、二人はあたふたと
弁解したり、あやしたりと上へ下への大わらわだった。




 「……なあ、ラル。起きてるか?」
「ん? もう交代の時間?」
「これからどうする?」
「どうする、って?」

 不意の呼び掛けにラルは身を起こした。火勢の衰えてきた焚火の向こうには抱え込んだ立て膝に顔を埋めたバーツ。膝頭に掛かった黒髪でその表情は全く伺えない。しかし、その声は滅多にない困惑の色を深く滲ませている。

 「だから、そのぉ…… このまま行けば明日には…… ムーンブルグ城に
着いちまうだろ? ムーンブルグ王のこと…… 言うのか?」
「そうだね…… どうしようか?」
「話した所で、王の亡霊に会わせてみた所で、誰が生き返る訳でもない…… 
城が元に戻る訳でもない。こんなきつい現実を十を越えたばかりのルーリィに
突き付けるのって残酷過ぎやしないか?」
「そうだね。でも、それを判断するのがロト三国の盟主たるローレシア国、
次期国王ランバーツ・ジェル・ローレシアの役目でしょ?」
「そういうお前は、コーラルス・ホウセ・サマルトリア。次期サマルトリア王だろうが。こんなことは、年長者が決めることじゃないのか? あ?」
「これじゃあ、二人共、大した王にはなれそうにもないや……」

 ラルが栗色の前髪を揺らして苦笑を浮かべると、バーツは顔をむっつりと
上げる。ラルは傍らで身体を丸めて眠るルリシアの髪を指にくるくると絡め
ながら先を続けた。

 「ムーンブルグ王のたっての願いだしね…… 連れて行くしかないよ」
「成仏し切れずに夜な夜な彷徨わせる訳にもいかないもんなぁ…… それは
分かっちゃいるんだが…… どうもなぁ…… ルーリィがこの悲惨な現実を
受け止められるだけの年かよ。正直、この年の、男の俺だってきっつい」
「だから、僕達がしっかりと支えてあげないと駄目なんだよね。王もその辺を期待して僕達に頼んだんだと思うよ。ルーリィの精神的な支えも、国の再興も含めてね」

 ラルに髪の毛を弄られても、ルリシアが目を覚ます気配は見られない。その眠りはあまりにも無表情で硬く、まるで陶器で出来た人形のよう。

 「ムーンブルグの再興については、ハーゴンをぶっ倒してから考えよう。
俺の頭じゃあ、二つも三つも同時になんて…… 無理っ」
「はは。それはもう重々分かってるし、それは僕も同じことだからねぇ」
「そういうこと自分で言うか、自分で」
「僕達は伝統、慣習だとうるさく言いながらも卒無くこなしてくれる家臣が
いてくれる。でも、ルーリィは違う。全てが一からやり直しだ。その労苦は
並大抵なものじゃない筈だよ。そういう時にこそ、立派な女王となれるよう
僕達が助けてあげなくちゃ。ロトの結束が物を言うのは戦いだけじゃない」

 バーツは不意に拳を翳し、薄い苦笑を浮かべた。その甲は赤く腫れている。それは先程のルリシアの火球の痕。

 「ロトの血が一番強く出ているのは、ルーリィなのかもしれないな」
「かもね。年の割には秘めた魔力は絶大だし、武器の扱いもそこそこだし。
変に能力の偏った僕達よりも、ずっとずっと優秀だもの」
「だろ? やっぱ、お前もそう思うか?」

 バーツに同意の頷きを返しつつ、ラルはくすくすとした忍び笑いを溢す。

 「将来を考えると、末恐ろしい限りの王女様だよ」
「この世で敵う者無しの、天下無敵の女王様なるんだろうなぁ……」
「僕達もいつの間にかルリシア女王陛下の支配下にあったりしてね?」
「それはいいかも。ややっこしい国政の雑事の苦労をしないで済む」
「バーツにはさ、盟主国の誇りとかそういうものはない訳?」
「ん〜…… あんまりないかも? 面倒臭い事は嫌いだからなぁ」
「まったく…… いい加減な王子様だねぇ」

 能天気なバーツの笑いに、ラルは苦笑で応える。

 「まあ、まずはハーゴンを倒さないと。生き残ってからその後を考えよう」
「ロトの血統の僕達が何とかしないと。ルーリィやムーンブルグ城の人々だけでなく、もっと沢山の人々が悲しむことになる。それだけは阻止しないとね」
「そんな悲しいことはもう沢山だ。俺達で出来ることだったら、何だってしてやるぜ。ご先祖のロトに出来て、俺達には出来ないという筈はないっ!」
「そうそう! その意気だよ、バーツ。偉いよ、偉いよ」
「よっしゃっ! やってやるぜっ! 俺達で平和を取り戻すぜっ!」

 バーツの雄叫び声と、ぱすぱすとしたラルの間抜けな拍手音が消えると、
辺りは焚き火の爆ぜる音だけが響く静けさに包まれた。

 見上げた夜空には美しい銀色の月が浮かんでいる。降り注ぐ光は、我が子を優しく包む母親の眼差しのように柔らかいものだった。二人はいつまでも、
そんな月の光を見上げ続けていた。





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