「アイオライト組」 (男武&男賢⇒ 女勇→女盗)
 「はーい、コーディはこっち。でもって、ディークはぁ ……あれれ? コーディは胡椒、ディークはお塩が足りないわね? ごめん、私ったら、 うっかりしてた。もらってくるね。ちょっと待ってて」

 栗色の短髪を揺らし、アイオライトは食堂の厨房へと軽やかに身を翻す。小柄な身体つきは、そこらの村娘と比べても細く華奢で、彼女が世界を救う勇者だとは俄かに信じられないものだった。今はまだあどけなさが全面的に押し出されているが、あと数年もすれば誰もが振り返るような美女になるであろうことは想像に難くない面立ちをしている。

 そんなちょこちょこと子リスのように駆けて行く後姿を見送りながら、 テーブルで向かい合う二人の男達は柔らかに微笑んでいた。

 一人はがっしりとした体躯の青年で、テーブル上で寛ぐ腕の太さと胸板の厚さがその歴戦ぶりを無言で物語っている。そして、後頭部できっちりと 括られた長い黒髪と涼しげな切れ長の瞳は、その辺の女性が溜息交じりで 羨ましがる程に艶やか。

 対するもう一人、その神秘的な紅い瞳と、無造作に伸ばされた長い青銀の髪のアンバランスさ故にその一挙手一投足を目が追い掛けてしまうような、どこか妖しげな雰囲気を持つ青年。


 「アイオライトの奴。塩や胡椒なんてものは、店の者に頼んで持って来てもらえばいいのによ」
「あのふんわり、ほわほわ感が彼女の持ち味ですから。逆にきびきび、はきはきとした彼女というのもなかなか想像出来ませんけどね」
「どっちかっつーと、あいつは勇者というよりお姫様だもんなぁ」
「何不自由のないお嬢様として育ってきたのですし…… オルテガ殿の死によって、いきなり勇者になれ、というのが酷な話なんですよ」
「そのために俺達二人が付いてるんだ。そうだろ、ディーク? 俺達は一日も早く、アイオライトを元の生活に戻してやるのが務めだろうが?」
「そうでしたね、コーディ」

 二人は互いを見返し合いながら、笑みを浮かべた。


  ――本来のアイオライトは、剣なんか振り回すべきなんかじゃない。

 アイオライトはレースやリボン、フリルで飾られた綺麗なふわふわドレスを着て、沢山の花々で満ち溢れたサロンでふかふかのクッションに埋もれるように座り、お菓子やお茶のカップを手にしてほわほわと微笑んでいるべき少女なのだ。今は男子のような嘆かわしい短髪だが、本来のアイオライトはくるくると巻いた栗色の髪をそよ風に揺らしながら微笑んでいるのが本来の姿。長剣が捲き起こす風に前髪を揺らすような少女ではない。

 亡きオルテガ殿の後を継ぐべきは直系の血筋、残された一粒種の娘のみ、我々に残された希望の光だ、とぼんくらアリアハン王はほざきやがった。 父親の仇を娘が討つ、なんてのは、御伽噺の英雄譚だ。近年、アリアハンの国力の衰えが囁かれているものだから、王はここぞとばかりに張り切って、各国に大々的に触れ回った。全く、迷惑千万。アイオライトが魔王を討てた暁には、アリアハンは美談の国として褒め称えられるだろう。アリアハンは辛酸をアイオライトに舐めさせ、自分達はのうのうと胡坐を掻いている。 本来ならば、最愛の父を失ったとして深く庇護されるべき少女の上で。

 俺は一も二もなく、アイオライトの同伴を申し出た。これは幼馴染の兄としては当然至極の話だった。アイオライトを魔物の牙から護れるのは、この俺だけ。俺のこの腕一本、足一本だけだ。

 俺は心の底からそう信じてる――


 「コーディ? どうかしましたか? 何か心配事でも?」
「ん? いや、何でも。俺達も随分と遠くまで来たよなぁ、と思ってさ」
「そうですね。随分と来ましたよねぇ」
「だよな」


 ――屈託なく笑う彼の笑顔に吊られるようにして、私は微笑んでいた。 彼は一見は強面だが、笑うとその内面が滲み出るような笑顔を見せる。その裏表のない真っ直ぐな性格は昔から変わらない。昔から私とアイオライトを引きずり回して軽快に笑うのだ。人付き合いが苦手で引きこもりがちだった私を外へと連れ出してくれたのは、彼とアイオライトだった。

 賢者の家系に生まれたものの、その意義を見出せずに腐っていた私は、 アイオライトが十六になったら討伐の旅に出されることを知り、自分の存在意義がここにあると確信した。私はこの少女のために存在していると瞬時に悟った。そして、彼女が旅立つ迄の数年の間、私は修行に打ち込んだ。志を同じくしたコーディの頑張りを心支えにして。己の体力と技術のみで真っ向勝負のコーディを、儚げな愛すべき少女を、魔物達から護れるのは私だけ。そう、私の操る精霊の力だけ。

 他の誰がどう思おうとも、私はそう硬く信じている――


 「アイオライトの奴、遅い…… 飯が冷めちまう。またすっ転んだか?」
「彼女はもう私達の後ろを歩いていた赤ちゃんじゃありませんよ。そういう心配は、まるでお父さんのようですね、コーディ」
「俺、お父さんなのか? 参ったなぁ……」


 溜息とも苦笑ともつかない表情で片頬杖を付くコーディは、その黒い瞳を遠くへと流している。その視線が誰を捉えようとしているかは一目瞭然。 伊達に私は彼らの傍に長くいる訳ではない。彼の視線が常に誰を追っているかなんて、とうに承知している。

 アイオライトが彼の直向きな視線に気付いた時、その手を取るのならば、私はそれを心から祝しようと思う。コーディは他の誰よりも彼女のことを 知っているし、何より信頼出来る――


 「じゃあ、俺がお父さんならば、お前は何だろうな? おじいさんか?」
「老獪と言われたことはありましたが、私はそういう意味の年寄りではありませんよ」
「はは、老獪ってずる賢いって意味だろうが。字面しかあってねぇぞ」
「ちゃんと間違いを指摘出来ましたね、コーディ。勉強したんですね」
「ほざけ」
「褒めてるんですよ」


 ――何もかも見透かした穏やかな笑顔に安心する俺って、変なのかな? こいつの前では昔からぼーっとしてられるし、何も隠さなくてもいい安心感がある。俺が何も隠さないように、こいつも何も隠していないからだろう。

 たった一つのことだけを除いては。

 俺がアイオライトの姿を追う時、後ろから追い掛けてくる視線がある。 密やかに俺の背を突き抜け、追い越して行くのは、ディークの紅い視線だ。アイオライトがこの視線に振り向き、それを受け止めるというのならば、 俺は笑っておめでとうを言うつもりだ。他の奴ならば我慢は出来ないが、 相手がディークならば、俺は潔く身を引ける。俺以外にあいつを任せられるのは、この世でただ一人、ディークだけ――


 男は互いの漆黒と真紅の色を絡ませ、穏やかな笑いを交し合っている。 そんな二人の間に、可愛らしい少女の声が飛び込んで来た。

 「おっ待たせ〜! 主人の曖昧な物言いがさっぱり分かんなくって…… でも、そんな所を菫青が助けてくれたの! き・ん・せ・い、大好きぃ!」
「あ〜 いや、あたしはその…… たまたま、だし。ただの通りすがり…… で、そうやって、べたべたとくっ付いて来るの止めにしてくれない?」
「え〜? 私達、仲間なんでしょ? 菫青、私のこと嫌い? 私のこと…… 嫌いになっちゃった?」
「いや、そういう訳じゃないけど…… アイオライトがそうやってあたしの腕にづらづらと絡まってるとね、トレイを取り落としそうだってこと位、 どうして分かってくれないのかしら?」
「んも〜 菫青ったら〜 つれないんだから〜 私とトレイとどっちが大事なのぉ?」
「……お嬢さん、あたしはね。意地悪で言ってるんじゃないの。常識で物を言ってるの。そういうところ、いい加減に察してくれないかしら?」

 溜息混じりに纏わり付く少女をたしなめているのは、白銀の髪を短く刈り上げた女性。男のような髪型はともかくとして、ほっそりしながらも豊かな身体つきや、身に纏う雰囲気はなんとも艶めいている。白髪に小麦色の肌、吊り気味の青い瞳という不思議な組み合わせは、その魅力を損なうことは 一切なく、更に彩りを添えて輝く素晴らしい。しなやかな猫、という表現がぴったりの美女。

 素気無く扱われても気にした風もなく、席に着いた菫青にぴっとりと身を寄せるアイオライトのうきうきとした様に、三人は顔を見合わせた。誰からともなく零れた溜息は深くて重く、どう隠しても隠し切れないやるせなさが滲み出ていた。



 それぞれの想いが、それぞれの思う場所へと無事に行き着くだろう日は、果てしなく遠い……




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