「柘榴石の勝利」
 「アルマンディン、16歳。職業、勇者、っと! はい、これであなたの登録は完了」
「ルイーダ、その職業、勇者っていうのどうにかならない?」
「どうにかって言われてもねぇ…… 別に気にしなければいいのよ」
「はぁ……」

 カウンターに頬杖を突いて溜息を吐く少年を、酒場の女主人ルイーダは 微笑ましげに見遣る。勇者、という割にはやや線が細く、どことなく繊細な感じのする少年だった。己に課せられた使命に閉口しつつも、何とか期待に応えようと頑張ろうとする姿をルイーダはいつも姉のような優しい気持ちで見守っていた。

 「……それで、アルは誰を指名する訳?」
「ルイーダに任せる。ルイーダの眼鏡に適う奴ならば問題はないと思うから」
「こんな大事な事を他人任せでいいのかしら?」
 
 冒険者登録台帳をパラパラと捲っていたルイーダの指が止まった。

 「この子なんてどう? 前々から是非にと頼まれていたのだけれど…… この子の能力なら申し分ないと思うわ。ちょっと呼んでくるわね」

 ルイーダに連れられて来たのは、金髪の巻き毛と大きな青い瞳の美少女。

 「こんにちは、メラナイトと申します」
「あ、どうも……」
「私、ずっと前からあなたのことが好きだったんです。だから、どうか私をあなたの旅に連れて行って下さい。絶対にお力になります!」
「……えっ」

 アルは突然の告白にたじろぎ、ルイーダに助けを求めて視線を送ったが、ルイーダは何も言わずに笑うだけ。

 「ごめん。君の気持ちはとても嬉しいけど、俺、君には応えられないよ」
「……え?」
「俺は男だけでパーティを組みたいと思ってるし、それに…… 俺にはもう大事に思っている子がいるんだ…… だから…… その…… ごめんっ!」

アルが深々と頭を下げると、メラナイトは少し悲しげな表情を浮かべたが、すぐに気丈に笑顔を見せる。

 「……こちらこそ、いきなり勝手な事を言ってしまってごめんなさい」
「いや、謝るのはこっちの方で……」
「いいえ、あなたの都合を考えなかった私の方が悪いんですわ。これからのご武運をお祈りしてますね」

 メラナイトは一礼すると、酒場から姿を消した。

 「物言いたげだね、ルイーダ」
「……まあね」

 台帳に何やら書き込んでいくルイーダに向かって、アルは苦笑を漏らす。

 「……とは格好付けたものの、俺は愛想を尽かされた身なんだよね」
「……ふうん」
「彼女は華やかで、才能があって…… 勇者オルテガの息子という肩書きがなければ只の人みたいな平々凡々の俺より、自信に満ち満ちて男らしい奴の方が、彼女には似合うんだよね」
「……それで?」
「俺はこの旅で変わりたい。広い世界を見て、バラモスを倒して、大きな男になって帰って来たいんだ」
「……だから?」
「だから、彼女に…… 勝手な話だけど、それまで待っていてもらえたら」
「本当、全く勝手な話よね」
「は?」

 アルが目を丸くすると、ルイーダはそれを上目遣いで見上げる。

 「自分の想いを伝えもせずに理解してもらおう、待ってもらおうだなんて勝手過ぎるわよ…… アル、先延ばしにしてどうするの? あなた、そんな悠長なことを言っていられる身? あなたの旅は命懸けの旅でしょ? これからの一瞬、一瞬が大事なのよ? 死んでから後悔しても遅いのよ」
「……」
「マラヤー、今はどこかのパーティから誘いが掛かって会いに行ってるわ。彼女の能力は引き手数多でしょうから、遅かれ早かれどこかの……」

 ルイーダは静かに登録台帳を閉じた。苦笑いとも、溜息ともつかない形に崩れた口許を片手で隠しながら、店を飛び出す若き勇者の後ろ姿を見送っていた。


 
  不意に耳に飛び込んできた会話に、アルは焦りながら辺りを見回す。 その先には、笑いながら話している見慣れない二人組がいた。その二人組と相対している茜色の髪は、紛れもなくアルの探している色。

 「じゃあ、俺達のパーティに入ってもいいんだね?」
「…… そう、ね」
「ありがたい! 攻撃魔法が使える人がいれば安心だ」
「あ、でも…… 私、まだもう少し考え…… え? きゃっ!」
「ごめん。これ、俺のだから…… この話、なかったことにして」
「アルっ?!」

  アルは風の如く茜色と二人組との間に割り込み、有無を言わさぬ勢いでマラヤーを肩に担ぎ上げた。そして、片手をちゃっ、と忙しなく挙げ、そのまま脇目も振らずにすたすたと歩き出す。

  「ちょっと! 何? ねえ、アル! アルったらっ! 降ろしてっ!」
「やだ」
「何を言ってるの? ねえ、アル! 人が見てるじゃないっ!」
「やだ」
「子供みたいな真似はやめてよっ! ねえ、アルってばっ!」

  マラヤーが道行く人が振り返るのを気にして、足を激しくバタつかせ、自分を担ぎ上げている背中を叩いて抗議するが、当のアルは知らん顔。

  街外れまで来た時、アルはマラヤーを肩から降ろした。

  マラヤーの綺麗な茜色の髪はバラバラに乱れ、幾筋もその顔に掛かっている。その下から覗く琥珀色の瞳は、怒りと困惑を色濃く映し出している。いつもの高飛車な物腰のマラヤーとの違いを思い、アルは苦笑を浮かべる。

  「アル、一体どういうつもり? 何を笑ってるのよ?」
「マラヤー。俺と一緒に行こうよ。他の誰とでもなく、俺と一緒に行こう」
「え……?」
「俺、今はこんなに頼りない男だけどさ、きっと強い男になるからさ…… だから、それまで待っていてよ…… だから、それまで俺と一緒に居てよ」
「……」
「ね? マラヤー」
「それは困るなぁ……」

  突然の言葉に振り返ると、そこには先程の二人組が並んで立っていた。

  「彼女にパーティを申し込んだのは俺達の方が先なんだけど?」
「でも、マラヤーはYesと言ってないじゃないか!」
「Noとも言ってないんで、俺達にも十分権利はある。返事の前に掻っ攫って行かれると俺達も困るんだわ」
「彼女は渡さない!」

  アルはマラヤーを背中に隠すと相手の男を睨み付ける。すすっ、と軽く握った拳を目の高さに上げて構える姿からして、この男は武闘家らしい。

  「ねぇ、男同士が睨み合いをしてても仕方ないんじゃないのかしらね? 問題は彼女の意思でしょう?」

 二人組の片割れ、女僧侶が唇に指を宛がって小首を傾げつつ、男二人の 間に入って来た。そして、その青い髪をさらさらと零れ落としながら微笑み掛けると、マラヤーは戸惑いを隠せない様子で俯く。

 「マラヤー……」
「私…… アルとも行きたいけど、私……」
「……!? マラヤー…… それって……」
「よし! だったらこうしよう! あんたに彼女が必要なように、俺達にも彼女が必要だ。だったら、俺達4人でパーティを組めばいい。こうすれば、丸く収まる。な? いい考えだろ?」
「は……?」
「俺、ウバロバイト。こっちはパイロープ。よろしくな、相棒っ!」

 かんからと笑う男に呆気に取られつつ、アルは背中越しにマラヤーを振り返る。見上げてくるマラヤーの瞳は、柔らかく笑っていた。

 「アル、今までで一番、格好良かったわ。あなた、これからは今みたいに言いたいことをその場ではっきりと言いなさいな。そうすれば、きっといい男になれるわ」
「それまで…… ずっと、ちゃんと見ててくれる?」
「うん」

 アルは一瞬だけ躊躇った後、マラヤーの身体をぎゅっと抱き締めた。




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