「クローバー」
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あとがき  イメージ曲




 「お嬢さん、こういうの好みかい? 安くしとくよ」
「え? ええ、素敵ね。でも、ごめんなさいね。私、あまり余裕ないの」
「じゃあ、俺と…… どうだい? これだけじゃなくて、もっといい……」
「行くぞっ!」
「え? ちょっと! 紫苑、痛いっ! 痛いわっ! 離してっ!」

 いきなり首根っこを引っ掴まれ、撫子は露天の店先から引き離された。
ふわふわの金髪と一緒に襟元を掴む手を振り払いながら振り向くと、撫子は
黒髪の下から覗く群青の瞳とぶつかった。吊り上がった眦には、うっすらと
怒気の色が浮かんでいる。撫子はその色に不満げに唇を尖らせる。

 「折角、安くしてくれるって言ってたのにっ!」
「駄目だ。無駄なものは持たない、って約束だろうが」
「ネックレス位、邪魔にならないでしょう?」
「これ位、それ位を積み重ねて終いには荷物担いで旅をするつもりかよ?」
「そんなこと、言ってないじゃない! 紫苑の分からず屋っ! 意地悪っ! 紫苑なんて…… 大っ嫌いっ!」

 撫子が盛大に叫ぶと、紫苑の顎が大きく仰け反った。その青い瞳に一瞬
揺らいだのは驚愕と寂寥の色。しかし、撫子がそれに気付くことはなく、
きゃんきゃんと辺り構わず喚き散らしている。紫苑はそんな撫子にふっ、と
背を向け、そのまま無言で人波に紛れて消えて行った。

 「紫苑の馬鹿ーっ! だいっきらいっ! 馬鹿ーっ!」




 「ねえ、どうしたのかしら? 紫苑、帰ってこないわ……」
「さあ…… いいんじゃない、放っておけば? 宿は分かってるんだし?」

 撫子は窓際のカウチソファに凭れ、目下を行き交う雑踏を食い入るように
見下ろし続けていた。ベッドに寝転んで本の頁を繰る常盤がそこから目を離すことなく話し掛ける。

 「心配? でもね、大嫌いなんて酷いことを言ったのは、やらかしたのは
君の方なんだよ」
「……」
「しっかし…… まさかムーンブルクの王女がローレシアの王子を、しかも
市場の往来のど真ん中でグーパンチで殴るという暴挙に出るなんてねぇ?」
「あ、あれは…… 私も悪かった、と思ってるわよ? でも……」
「でも? 僕達、観光旅行してる訳じゃないってこと、分かってるよね?」
「分かってるわよ、それ位…… でも……」
「でも? 何?」

 常盤の容赦ない追究に、撫子は肩をちょん、と竦めて座り直す。

 「私はあの三つ葉のクローバーのネックレスが欲しかったの」
「え? あの安物のガラスの方? その隣の赤い宝石の方じゃなくて?」
「私、宝石なんて要らないわ。私が欲しかったのは、三つ葉のクローバよ」
「ふうん…… 何か拘りでも? 普通は四つ葉を欲しがるものだろ?」
「三つで一つなんて、私達みたいじゃない?」

 予想と全く違う返答に驚いたのか、常盤は勢い良く顔を上げた。そこには
クッションを抱き締めた撫子のはにかんで蕩けた笑顔。差し込む光に白金の
髪もきらきらと光り輝いている。逆光か、駄々漏れの甘さかは分からないが、常盤は薄金茶の瞳を眩しげに細める。

 「破壊神を倒したら、倒した後に帰国すれば、あなた達は国の英雄よ」

 輝く笑顔に影が射し、沈んだその声色に常盤は眉根を寄せる。

 「国に戻れば縁談が雨あられのように降って来る筈よ。紫苑にだって各国の姫君や令嬢との話が来る。そして、国中の祝福を浴びて幸せに……」
「おいおい、何て突拍子もない事を…… 君だって立派な王女じゃないか」
「私は…… もう帰る国のない、ただの女の子でしかないのよ? 後ろ盾も
何もかも無くした亡国の王女に大国の家臣達が良い顔するとでも?」
「……ただの女の子? それ本気で言ってる訳? ただのじゃじゃ馬……」
「私だって普通の女の子なんですっ!」
「はい、はい…… グーパンチが標準装備の、ね……」
「うるっさいわね……」

 撫子が抱き締めたクッションの端から睨み付けると、常盤はそれに動じた
風もなく鼻で笑い返す。

 「君はね、自分の価値を極端に低く見すぎなんだよ。僕達よりも君の方が
引く手数多だってこと、分かってるのかなぁ?」
「まさか! 国や政治ってそんなに甘いものじゃないわ」
「だから…… 君は…… もっと」

 常盤の苦笑と溜息から逃れるようにして、撫子は再び窓辺に頬杖を突く。
身を捩った撫子の表情は見えない。が、後に続いた声の揺らぎは内心の全てを曝け出していた。

 「今の旅がこのまま続けばいい、なんて思っている訳じゃあないのよ?
早く平和な世界を取り戻したいと心の底から思っているのは本当。でも、その後のことを考えたらね、私、怖くて怖くて仕方がないのよ……」
「撫子?」
「私は一人ぼっちになったら、寂しくて死んじゃうんじゃないかしら……
だから、思い出にクローバーのネックレスが欲しかったの…… ねえ、常盤。これって、私の我侭? そんなに怒られるようなこと?」
「さあ…… そういうのは僕じゃなくて、そこの本人に直接訊けば?」
「……え? あっ! し、紫苑っ?! ど、ど、どうして…… 今の……」

 常盤の至極あっさりとした言葉に、慌てて振り向いた撫子の赤茶色の瞳が
大きく見開かれる。そこには口を真一文字に引き結び、射竦めるようにして
睨んでいる紫苑がいた。

 「後は二人でどうぞ。僕はこれにて惚気の当てられ役御免ということで」
「常盤、ちょっとっ! 置いてかないでよ! ひっどーい! 無責任っ!」

 常盤はベッドから素早く跳ね起き、マントを肩に引っ掛けるとノブに手を
掛けた。そして、常盤は擦れ違いざまの紫苑にさらり、と囁く。

 「お前もちゃんと話せ。しっかりと捕まえておきなよ。お前がしっかりして
いないから、彼女は不安に駆られてああやってめそめそと泣くんだよ。
毎回そのとばっちりを喰らうこっちのことも考えろ、馬鹿」

 ドアの閉まった音を最後に部屋から音が消えた。さっきまで眩しかった光は鈍い朱色へと輝きを失いつつあった。静寂と気まずさとが相まって呼吸すら
憚られるような重い空気が立ち籠めている。それを紫苑の溜息が割り割くと、硬直していた細い肩が大きく跳ね上がった。

 「撫子」
「っ!」
「お前、また…… そんな風に考えていたのか?」
「だ…… だ、だ、だって! そうじゃない? そうでしょ? 滅びた国の
王女なんて何の価値も無いでしょ? あなたと釣り合うなんて…… だから、せめてもの想い出の品と思って……」
「俺はお前がどこの誰であっても構わないんだよ。それ、前にも言ったこと
あったよな? な? 俺は生半可でお前のことを想ってる訳じゃない」

 睥睨する群青の瞳から逃れるようにして撫子が俯くと、何かがふわり、と
降りてきた。撫子が慌てて頭上に手をやると、それは草で編んだ輪だった。
丸い玉のような可愛らしい白い花があちこちに沢山混じっている。

 「何? これ? 花冠? クローバー?」
「お前が昔に教えてくれたのを思い出して作ってみた」
「えっと…… クローバーって…… 私が見てたもの、知ってたの?」

 撫子のおずおずとした問いに、紫苑の今までの頑なさがふるん、と緩む。

 「本当はあのまま、あれを買っても問題は無かったんだ」
「じゃあ、どうして? あんなに怒ったの? 私、嫌われたものと……」
「誰がお前を嫌うもんかっ! いつもはどうしようもないじゃじゃ馬な癖に、こういう事に関してだけは別人みたいに後ろ向きになるのは勘弁してくれ…… 後生だから。頼むから」

 紫苑は花冠を取り上げ、再び白金の髪に戻しながら言葉を続ける。

 「滅多に物を欲しいって言わないお前が言うんだ、少々の無理をしてでも
買ってやるつもりだった」
「え? でも……」
「でも…… あの男の目が気に喰わなかったんだよ! あの時、あれを餌に
誘われていたと気付いてたのか? 気付いてなかっただろ?」
「えっ? 嘘…… そんな」
「同時に無性に自分に腹が立った。今の俺は何も持っていない」
「……あ」

 紫苑の言葉に撫子は大きく顔を上げた。必要最低限の品しか持てないのは
自分だけではない。あとの二人も、自分と条件は同じ。今更ながらに自分の
考えの浅さに気付いた撫子は顔を赤らめる。

 「普段は色々と何だけど、グーパンチ繰り出してくるような奴だけど、
お前だって女の子なんだし…… ああいう品を欲しがるのは当然だろ。
そして、この俺だって何とかしてやりたいと思うのもまた当然なんだよ」
「あの…… ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ…… ごめんなさい」
「全てが終わった後ならば、俺はお前に何だってやる。四つ葉だけで作った
花冠だって、お前が望めば俺が作ってやる。けど、今はどうやっても無理。
だから、今はそれで我慢しろ」

 その返事を返す暇もなく、撫子は紫苑の胸の中へときつく抱き込まれた。
とくとくと耳元に響いてくる自分のものではない鼓動に撫子は瞳を閉じる。
もやもやと重くわだかまっていたものが、じんわりと柔らかく解けて行く。

 「クローバーの…… それぞれの葉の言葉、言ってみろ」
「は? 葉?」
「いいから、言えっ!」

 突然の荒っぽい口調の命令におろおろと顔を上げた撫子は、半べそで頷く。ここで逃げても無駄だと一瞬で悟らせるほどにその視線は鋭く、容赦がない。

 「faith = 誠実、hope=希望、love=愛、luck=幸運」
「じゃあ、その四つ葉が全部揃ったら?」
「Genuine = 真実・本物、Be Mine = 私のものになって下さい」
「俺が正装で、綺麗に着飾ったお前に四つ葉を持って来る日までに……
お前は上手い返し言葉だけを考えておけ。うじうじ泣く暇があるのならば、
どう言えば俺が満足するか考えていろ。いいな、分かったか?」

 早口で言い放ち、そっぽを向く際に揺れた黒髪から覗いた耳たぶの色は、
窓から差し込む残照と同じ色だった。




 挿絵 /Silvia様」
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