「恋の魔法を始めよう」
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あとがき  イメージ曲




 桟橋に係留された見事な帆船を、ロトの子孫達は唖然と見上げていた。
その前髪達を潮風が揺らして通り過ぎている。

 「これが……?」
「どうぞお使い下さい。我々も勇者ロトの末裔の方々のお手伝いが出来ると
なれば、これほど光栄なことはありません」
「ルプガナの多大なるご協力に、ロト三国を代表して心より感謝致します」

 ローレシア王子が深々と頭を下げると、傍らのサマルトリア王子とムーン
ブルク王女もそれに倣う。その前の老人は緩やかに白髪頭を左右に振る。

 「そんな王族方が…… どうぞお顔を上げて下さいませ。儂個人としての
恩があります。あなた方が孫を救って下さらねば、儂は息子夫婦にあの世で
合わせる顔はありませんでした。これ位のご用立てはお安い御用です」
「本当にありがとうございます」

 老人は船員と打ち合わせをすると言って、船への階段を登って行った。
居残った少女が三人の、いや、サマルトリア王子の前へと進み出てきた。

 「アルテア。色々と本当にありがとう。何とお礼を言って良いのか……」
「少しでもお役に立てるのであれば、私も祖父もこんなに嬉しいことは
ありませんわ。旅の無事を祈って……」

 アルテアのおっとりとした柔らかい微笑みがゆらりと崩れ揺らいだ。金色の巻き毛に縁取られた薄茶色の瞳には暗い影。

 「あの、私…… 助けていただいたあの時からあなたのこと……」
「あ…… アルテア。ちょっ…… ちょっと、ちょっと待ってっ!」
「あの……」
「ええっとね、あのさ…… うん。その、なんだ……」
「ほら、ホーリィ。しっかりしなさいよ!」
「ホリホック、男だろ? サマルトリア王子とあろう者がしゃんとしろ!」
「マルヴェシア! ハイビスカス!」

 ローレシア王子とムーンブルク王女に背中を押された王子は、その勢いの
まま少女の細肩にがっつりと両手を掛ける。

 「アルテア、その先はっ!」
「あの…… 私、やっぱり……?」
「その先は僕の方から言わせてっ! アルテア、後生だからっ!」
「え…… あ……」

 咳払いで動揺を散らす背中に悪戯っぽい笑みを投げ、王子と王女は揃って
踵を返していた。

 「あっ! 二人共」
「お邪魔虫はこの辺で消えますぅ〜 ごゆっくり〜」
「先に宿に戻ってる」




 「あの二人は最初から上手く行くと思ってたのよ」
「そうか?」
「だって、自分の危機を颯爽と救ってくれた王子様なのよぉ? 一目惚れの
最強黄金パターンじゃない」
「俺もお前も一緒にいたけどな」

 潮風に髪を揺らしながら王子が混ぜ返すと、王女はくすくすと声を上げて
楽しげに笑う。

 「だって、先に声を掛けたのはホーリィですもの。雛鳥が最初に見たものを追い掛けるあれと同じよ」
「そんな刷り込みだけの恋が長続きするものなのか?」
「そんなのきっかけの一つに過ぎないわよ。肝心なのはその後よ」
「……」
「ホーリィも何かと理由を付けては構ってた訳でしょ? あの他人のことは
当たり障らずの飄々ホーリィがよ? これを珍事と言わずに何と言うの?
もうずぅーっとあの二人から目が離せなかったんだからぁ!」
「暇なのな、お前」

 王子が苦笑を噛み殺すと、王女はその紅い瞳を輝かせて切り返す。

 「え? こういう恋話が目の前で展開されているのってドキドキしない? まんざらでもない二人が少しずつ距離を縮めて行ってるのが手に取るように
分かるのって…… きゃーっ、ってな感じにならない訳?」
「ならねぇよ」
「マールて本当に朴念仁なのねー つまんなーい」

 王女は足元に転がる白い貝殻を海へと大きく蹴り飛ばす。それは青い海に
ぽちゃんと沈み消えていった。

 「でも、あの二人は当分は遠距離恋愛ってことになるのよね? ちょっと
可哀想な気もするわよねぇ」
「そうだな。船主のお嬢様とはいえ、アルテアをハーゴン征伐に同行させる
訳にはいかないしな。一日でも早く旅の成就をってやつだな」
「そうね。世界を早く平和にしなくっちゃね」
「そうだな」

 王女は不意に意味深な笑みを浮かべて肩越しに振り返った。

 「ね? 恋人には待ってて欲しい方? 一緒に行って欲しい方?」
「はぁあ? 何をいきなり……」
「ね、どっち?」
「自分が大事に想う奴は安全な所にいて、そこで笑っていて欲しいと思うのは当然じゃないのか? ホリホックだって……」
「んもぅ! ホーリィじゃなくてマールは?って訊いてるのっ!」
「全く…… 本当に脈絡がないよな、お前は……」

 溜息を吐く王子にお構いなしの王女は、一人で浮かれて歩を進めて行く。

 「マールは付いて来て〜 なんて言い出しそうよね?」
「付いて来てって…… 俺は子供かよ?」
「マールは自分の世話がからっきしなんですものぉ。なんかその辺のことを
お願いします、みたいな感じ?」
「誰がそんな召使いみたいな扱いするか!」

 さあ、どうかしらね〜 と王女は肩を竦めて一人で楽しげに笑い転げる。

 「そうだなぁ…… まあ、確かに。俺はいつでも自分の目と声とこの手の
届く場所にいて欲しいと思わなくもないかな」
「あら、なんだか素敵な殺し文句ね。マールにしては上等だわ」
「……」
「なぁに? 急に黙っちゃって。いつもならもっと言い返してくるでしょ? 褒めてもらってそんなに嬉しかった? ……っと! おっとと」

 笑って振り返った王女は、勢いよく王子の胸へと頭を突っ込んでいた。

 「あたた…… ごめんなさい。そんなすぐ後ろにいると思ってなくて…… あの…… え? 何? えっと?」

 謝りつつ離れかけた王女は、そのままきつく王子に抱き込まれていた。
王女は驚いてあたふたと身を捩るが、その両腕はびくともしない。いつもと
勝手が違う雰囲気に王女はどぎまぎとした声を上げる。

 「あ、あの…… マルヴェシア・葵……殿? な、何の冗談なのかしら? 何の嫌がらせ? 離して下さいませんこと? あの、人が見て…… んっ」

 あれこれと言葉を紡ぐ可憐な花びらを王子は問答無用で封じていた。
腰と後頭部を掴まれて身動きのつかない王女の瞳が見開き、細い肩が驚きで
大きく跳ね竦む。それらを完全に無視し、王子は目まぐるしい勢いで王女を
翻弄し始めた。

 「ねえ、そろそろ俺の気持ちに気付いてくれても良い頃なんじゃない?」

 唇に直接乗せられてきた言葉の重みに耐え切れず、王女はへなへなと崩れ
落ちた。口許に宛がった指の間から漏れる息は荒く、腰砕けの状態で王子を
見上げる目尻にはうっすらと涙と朱が差している。

 「マール…… あの…… 今の……?」
「ねえ? ハーヴィ」
「……?」
「他の奴らなんてね、どーでもいいんだ。勝手に幸せになればいい。
それはそれで、とてもおめでたいことだからな」
「……」
「そう、人のことは別にどーでもいいんだよ。ずっと隣にいる俺のことは? 俺は君にとってどんな存在?」
「……」
「ねえ? ハーヴィ」
「……」
「俺の気持ち、気付いてるの? 気付いてないの?」

 笑っているのか、怒っているのかも分からない曖昧な声色と表情で王子は
王女を見下ろしていた。しかし、唯一真摯さを失っていない瞳に王女は息を
呑む。この群青色の瞳はこんなにも綺麗だったのか、これに気付かずにいた
自分はなんと愚かだったのか。王女はじわじわと心の奥底から湧き上がって
くる甘い痛みに為す術もなく打ち震えた。

 一捌けの潮風が吹き過ぎ、その風に引かれるようにして王女がゆるゆると
声を絞る。

 「ごめんなさい。たった今…… 気付きました……」
「そう、それは良かった」

 零れんばかりの満面の笑顔から差し出されてきた手に、王女は自身の手を
そっと乗せていた。




 挿絵  /吉祥あがた様

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